指導理念と指導方針

【指導理念】

①本人主体のレッスン。

②音楽による全人的な人格形成。

③生涯に渡りピアノを楽しみ音楽を楽しむ為の基礎力と教養を育てます。

④お子様においては、ピアノのレッスンを通して、ピアノが上手に弾けるようになるだけでなく、地頭力と生きる力を養い、自ら考え自ら判断し自ら行動できる自律した人間、社会に貢献できる人間を育てます。

⑤熟年の方においては、ピアノのレッスンを通して、ピアノが上手に弾けるようになるだけでなく、心と体と脳(頭)を健康に保ち、認知症を予防して医療費や介護費の削減に貢献します。

⑥ピアノを学ぶことは、音楽を学ぶということです。音楽を学ぶということは、遠い国の遠い時代に生きた作曲家の心に想いを馳せることです。ピアノを演奏するということは、作曲家の心に想いを馳せ、自らの体と心を通して作曲家の想いを伝えることです。ピアノの指導を通して、他者の心の痛みに想いを馳せることが出来る心根の優しい人間を育てたいと思います。他者の心の痛みに想いを馳せることは、どんな職種に就いても必要なスキルです。

⑦ピアノのレッスンは、継続することの大切が学べます。継続は力となります。ピアノのレッスンで得た継続力と知識と経験は、生きる力となり、誰にも奪われることがない財産となります。

【指導方針】

一人一人の特性を見極め、無理をせずそれぞれのペースで上級レベルまで弾けるようにオーダーメイドのレッスンを致します。

たえず、生徒さんのお心に想いを馳せ、お心に寄り添いレッスンします。

楽典(音楽理論)・譜読み・リズム・ピアノの弾き方をわかりやすく教えます。

3歳〜7歳までは、絶対音感のトレーニングも行います。

譜読み・基礎力・ソルフェージュ力・初見力の指導に力を入れております。

☆ソルフェージュとは、メロディーに歌詞をつけないで、ドレミの音名で正しく歌うことを意味します。正しい音名で、正しいリズムで、正しい音程で歌える能力です。音程やリズムを正しく歌う練習は、楽譜を読む力、正しい音楽表現の力を養います。音楽の勉強の中で、一番基礎になるもので、声楽を勉強しようとする人ばかりでなく、ピアノ・バイオリンやビオラなど弦楽器、管楽器、作曲を勉強する人にも大切なものです。将来、合唱や合奏を楽しみたい時にも役に立つ能力です。

☆初見力とは、楽譜を見て、練習をしなくてもすぐに弾けたり歌えたりできる能力のことです。初見力があると、練習しなくても即座に弾くことができますので、より楽しめます。当教室では、導入〜初級は初見のレッスンをしており、レッスンで弾けるようになった曲を家で復習して頂いておりますので、弾けないから家で練習ができないということはありません。

適齢適期レッスンをします。

自分で目標を決定して、自分の力でやり遂げることに喜びを感じる主体学習(主体レッスン)をしております。

『生徒自身によるプランニング→決定→遂行→確認→実行→評価→自己管理』の全てを生徒自身の手で行えるように導きます。

学ぶ意欲を持ち続ける為には、明確な目標を持つことも大切と考えており、バロック・古典・ロマン・近現代の四期が学べるピティナピアノコンペティションやピティナピアノステップ等への参加を推奨しております。

ピティナピアノコンペティションは、A2級(就学前)・A1級(小学2年以下)・B級(小学4年生以下)・C級(小学6年生以下)・D級(中学2年生以下)・E級(高校1年生以下)・F級(高校3年生以下)・G級・プレ特級・特級と有り、毎日3月1日に課題曲が発表になり、5月下旬〜7月に地区予選、8月に地区本選と全国大会が行われます。全ての生徒さんが、A2級〜高校3年生以下のF級まで順次参加出来ることを目指してレッスンをしております。小学2年生までにお始めになられれば、練習次第で4年生でB級から参加が可能になります。発達障害のお子様でも課題曲が弾けるようになり参加している生徒もおります。コンペティションは、他者と争うことでは無く、音楽を深く学び自分の力を伸ばせる絶好のチャンスとお考えください。知識と経験は、誰にも奪われることがない一番の財産になります。

現在は、たくさんのコンペティションやコンクール・オーディションがありますが、私がピティナピアノコンペティションをお勧めする理由は、バロック・古典派・ロマン派・近現代の四期が学べ音楽をより楽しめるからです。バロックが好きな人もいれば、古典派が好きな人もいたり、ロマン派が好きな人、近現代が好きな人など、色々な人がおります。好みは、年齢によって変わることもあります。生徒の皆さんには、初級の段階から色々な時代の色々な作曲家の音楽を経験して音楽をより楽しんで頂きたいと思います。

ピティナピアノステップは、導入1〜展開3の23ステップあり、合格すると合格証が頂けますので、客観的なレベルの把握ができます。年齢制限はありませんので、大人の生徒さんも参加できます。お子様は、高校卒業までに展開3の合格を目指してレッスンをしております。

趣味で楽しみたい方でも、基礎を学ばないで、簡単にアレンジされた曲ばかり弾いていても、レベルアップすることはできないので、ピアノを弾くことがつまらなくなり途中で止めてしまうことになります。生涯に渡りピアノを楽しく続けて頂くためには、少しづつでもテクニックを向上させ上達が実感できることが大切で重要と考えております。ピアノを弾く醍醐味は、コツコツとテクニックを身につける喜びにこそあります。

生徒さんのモチベーションの維持向上とレッスン効果の観点から、発表会を含み原則月4回(年間48回)固定制でレッスンを行っておりますが、練習が自分で進められる上級者は月1回〜2回のフレックス制も有ります。

ピアノは、レベルがアップすればするほど楽しさが増します。ショパンやベートーベン・モーツァルトなどのソナタが弾けるようになってはじめてピアノをやっていて良かった、ピアノを習わせてもらえて良かったと思えるようになります。小学校6年生でピティナピアノコンペティションC級を受けられるレベルになっていれば、中学高校とピアノを続けることができます。心からピアノを楽しいと思えるレベルまでレッスンを続けて頂きたいと思います。バイエル終了程度や、ソナチネアルバムが弾ける程度でレッスンをやめてしまいますと、ピアノは習ったけど弾けるようにならなかったということになってしまいます。レッスン料を無駄にしない為にも、ショパンのエチュードやベートーベンのソナタが弾けるようになるまでは、レッスンを継続されることをおすすめ致します。

ピアノは、まずは楽譜を読むことから始めますので、楽譜の読み方から弾き方の基礎を丁寧にわかりやすくレッスンします。

🔴楽譜とは……音楽は時間的な芸術ですから、絵画や彫刻など他の芸術に比べて保存が困難であり、作曲家が自分の意図を他人に伝えることが容易ではなく、昔から色々と工夫がされてきました。音楽を記録したものを「楽譜」と呼び、記録のしかたを「記譜法」と言います。楽譜は、作曲家が自分の音を正確に伝え、表現する為にあらゆる努力をはらって書き記したものですから、それを読み、学ぶ私たちは、そこに書き表された音符や記号に対して、それがたとえどんな小さな事柄であっても、深い尊敬の念と愛情とをもって取り扱うようにしなければなりません。不注意に間違って覚えたり、弾いたり、また勝手に変えてしまったりすることがないように、いつも細心の注意をはらって楽譜を読み、心を込めて演奏することが大切です。

指導者の結城美帆子は、ピアノの指導の他に精神分析的心理療法も行っておりますので、生徒さんと親御さんの精神分析的カウンセリングによるメンタルケアも可能です。要予約。料金は、1回10,000円ですが、当教室の高校生までの生徒さんは無料、社会人の生徒さんと親御さんは、90分まで5,000円でお受け頂けます。指導者の意向でカウンセリングにお越し頂く場合やレッスン時間で行う場合は、カウンセリング料は頂きません。

以上、当教室の方針にご賛同頂けましたら、ぜひ体験レッスンにお越しくださいませ。個人レッスンですので、レッスンがうまくいくためには相性も大切と考えております。

IMG_1568【お父様、お母様へのお願い】幼児期は、ピアノが弾きたくなるピアノが好きになる環境と雰囲気を作ってあげてください。そして、一緒にピアノを弾いたりして楽しんでください。小学生になったら、本人に練習の時間を決めさせて守らせるようにしましょう。「練習しなさい」と言わないようにしましょう。練習をするとき傍に座って黙って聴いていてください。何回練習したか数えてあげるのも良いと思います。個人差はありますが、10歳位になれば、本当にピアノを弾くことが好きなお子様は、ピアノの練習がしやすい環境を整えてあげるだけで、ピアノを弾くようになります。自らピアノの練習ができるように育てましょう。結果を褒めるのではなく、頑張った過程を褒めるようにしましょう。

「愛とは無を与えること」「愛」とは、生まれた子供が真っ先に母親から受け取るものです。精神分析家ラカンの提示した「愛」の定義は、「愛とは、持っていないもの与えること」だと、言っております。「惜しみなく奪う愛」の典型は、子供の母親ヘの愛です。子供はいつも最大限に愛してくれるよう母親に要請し、その愛を独占しようとする。こうした愛は、成人後にも引き継がれるものであり、恋人からの愛を常に不足と感じ、より多くの愛を願う場合がこれに相当する。それに対して、「与える愛」とは、大人の愛である。、、、子供の欲しがるものを与えると、それは次の要請を生み、一つ一つの贈り物の価値は減ってゆくばかりで、決して母親の愛の証とはならない。それでは「持っていないもの」しかし「与える」ことができるものとは、いったい何か。それは「無」である。愛を与えるとは、自分のもっとも内密なところには「無」があり、それはあなたでなければ埋めることができないと告白すること、そして、その「無」を捧げることなのです。例えば、マザーグースの代表的な童謡に次のような一節があります。

ぼくにつくってくれるかい    きぬのシャツ?   パセリにセージにローズマリーにタイム   はりもつかわず  ぬいめもなしで   そしたらきみはまことのこいびと

それをあらってくれるかい   むこうのいずみで?    パセリにセージにローズマリーにタイム   みずもわかない   あめもふらないあのいずみで    そしたらきみはまことのこいびと

ここには、与えることの不可能な贈り物を求めようとする、愛する者の心が歌われている。この歌詞もまた、愛とは「持っていないものを与えること」で生まれるものだ、と伝えているのだろう。

向井雅明氏著書「考える足」より抜粋。どうぞ、ピアノのレッスンで、お子様に「愛」を与えてあげてください。結城美帆子