ピアノは、簡単に弾けるようになる楽器ではありません。結城美帆子

ピアノは、簡単に弾けるようになる楽器ではありませんが、だから価値があると思います。

誰でも簡単に弾けるようになる楽器であれば、ピアノのレッスンの価値は無いと思います。

毎回のレッスンで新しい曲に入ると、まだ弾いていないのに「難しい」とか「難しそう」とか「私できない」という生徒がおります。

そんな生徒には「ピアノって簡単に弾けると思うの?」と聞くと「思わない」というのですが、本音は簡単に弾けると思って習い始めたのではないかと思います。

新しい曲に入った時、「難しい」という生徒は、曲によっては「簡単」とか「簡単そう」とか言います。

よろしくないですね。

簡単とか難しいとかいう生徒は、物事を◯か✖️もしくは出来るか出来ないかで判断して、できないことは避ける傾向にあるように思われます。

チャレンジ精神が無いと言いますか、無難なことしかやらない人に育つ傾向があるように思います。

私は、子供たちのチャレンジ精神を育てたいと思っております。

世の中に人を幸せにできる起業家や研究者を育てたいと思っております。

私は、自分の幸せを願うと同じに、世界の平和を願っていきたいと思っております。

生徒の皆様が、自分が幸せになり、世界の平和に貢献できる人に育ってくれることを願います。

ピアノって。結城美帆子

今は、ピティナピアノコンペティションの真っ最中ですから、参加している人たちは練習練習の日々を過ごしているのではないかと思います。

先生たちは、指導者賞や特別指導者賞を目指して日々奮闘しているのではないでしょうか。

ピアノって何なのでしょうか?

私は、母から絶えず言われていたことがあります。

「世の中には、ピアノを習いたくても習えない人もいることを忘れてはいけない。ピアノを弾きたくても弾けない人もいることを忘れないように。ピアノを習いたくても家庭の経済的な事情で習わせてもらえない人や、経済的な事情でピアノを買ってもらえない人もいるということを忘れてはいけない。」と。

「勉強をしたくても、家の仕事をしなければならないので、学校にも行けなかった人がいたということを忘れてはいけない。」

私は、ピアノが弾けることを幸せに思って育ちました。

私は、ピアノが弾けることに感謝をして育ちました。

私は、学校へ行って学べることを幸せに思って育ちました。

私は、学校へ行って学べることに感謝をして育ちました。

だから、ピアノの練習をしたくないとか、勉強がしたくないとか、思ったことはありませんでした。

当然、親から「練習しなさい」とか「勉強しなさい」とか「宿題やったの」などと言われたことは一度もありませんでした。

母の教えは、高校の音楽科の主任のHO先生の教えにもありました。

HO先生は、卒業の時に「卒業生全てがピアニストやオペラ歌手になるわけではない。君たちは、音楽の伝道者になるのです。」とおっしゃいました。

私が通った高校の音楽科には3人の教諭がおりましたが、私たちはお給料が出ているからといって、放課後や夏休みのレッスンは無料で行ってくださいました。

私が子供だった頃は、地域のママさんコーラスや児童合唱団の指導などは、ピアノや歌を教えている先生が業務外として無償でやっていたのです。

ピアノを無償で教えるのは、施しになってしまうので、人間の尊厳を考えるとできませんが、若い頃は、ピアノを購入された生徒さんがいると、ピアノを購入する前に練習に使っていたオルガンをお譲り頂いて施設に寄付をさせて頂いておりました。

ピアノは、誰でも楽しめるものです。

経済は、需要と供給で成り立ちますかが、ピアニストを目指すわけでもない人が幼児や小学生の頃から、ピアノのレッスン料に1ヶ月10万円以上も支払う価値があることなのか疑問に感じております。

将来ピアニストにしたいと親が願えば、専門家を目指すのであれば、月10万円くらいは普通ですが、趣味の場合は、、、、。

ちまたのピアノの先生は、月5,000円くらいのレッスン料の方もおります。

ピティナピアノコンペティションは、月5,000円くらいのレッスン料を支払っている人と、月10万円のレッスン料を支払っている人が、同じ課題曲を同じ舞台で演奏するのです。

需要と供給ですから、安い先生を好まれる人もいると思いますが、安ければ良いというものでもないと思うのです。

私がピアノを教え始めた頃は、ヤマハやカワイのお月謝を基準にしていたと思いますが、今は個人宅でピアノを教えている先生が増えましたので、生徒さんを集めるために新しい先生たちは、お月謝を安く設定される傾向にあるようで、教室に特徴がない教室は安さを売りにするしかないですから、どんどんお月謝が安くなり、ピアノのレッスンの価値が低くなっているように感じます。

私の教室は、自閉症スペクトラムの子供のレッスンもしておりますので、作業療法の医療保険点数と同額程度で料金設定をしております。

なぜなら、ピアノの指導も専門的な知識と経験がないとできないことであり、けして作業療法よりも価値が低いとは思えないからです。

作業療法の医療保険点数は、一単位20分で6歳未満が225点、6歳〜18歳が195点、それに再診料72点が加算されますから、20分で297点、267点、10割負担だと金額にすると20分で2970円、2670円になります。

当教室は現在、月4回の方は30分2,000円〜3,000円ですから、作業療法よりも安いのです。

悩み事があるとすぐに身体が反応します。結城美帆子

昨夜は、久しぶりに、寝ていて食べたものが逆流してしまいました。

私は、逆流性食道炎を患っております。

いつもではないのですが、心の中で精神的にこらえきれないものがあると、夜寝ている時に食べたものが逆流して、ひどい時は嘔吐して目覚めます。

その後、喉や食道がヒリヒリ、胃がムカムカで、二、三日続ます。

まだまだメンタルが弱いということです。

世の中には色々な人がおりますからね。

なるべく嫌な人には近づかないように心掛けているのですが、時と場合によってはそんなことを言っていられない時もありますからね。

まだまだ修行が足りないのでしょう。

ネキシウムを処方して頂いているので、私の心の折り合いがつかなければ症状は治らないと思いますが、今日からネキシウムを服用しております。

そのような理由もあり、定期的に胃カメラと大腸カメラの検査を自費で受けているのです。

医療保険は、病気になってからじゃないと使えませんし、かといって癌ができてから検査をしたのでは遅いですからね。

本日は、私用で東京へ。結城美帆子

年のせいなのでしょうか、以前は朝から東京へ出かけても、午後からピアノのレッスンができたりのですが、今は疲れてしまってできません。

1日一仕事ですね。

今のところ、一晩寝れば元気になれますが、今日は岡部クリニックでビタミン剤を注射していただきました。

東京での仕事の時は、疲れがひどい時は、注射や点滴をしていただけるので助かります。

昨日のレッスンで大人の生徒さんから質問された事。結城美帆子

60歳を過ぎてレッスンをお始めになられた生徒さんからのご質問です。

「毎日30分を2回練習しているのですが、もっと練習すれば、上手く弾けるようになりますか?」

「上手く」というのが、具体的に生徒さんが頭の中で思っていることがどのような状態を「上手く弾ける」と定義しているのかによりますが、ピアノは、練習をすれば上手く弾けるようになるというものではありません。

まずは、正しく楽譜を読み、正しく弾くことです。

そして、間違えないように弾くことです。

それの積み重ねで練習をすれば、上手く弾けるようになります。

ただし、子供の頃からレッスンを受けていた人のように、速いテンポで弾けるようになるのは難しいかも知れません。

一度間違って弾けば、ゼロになるのではなく、マイナス10になるとお考えいただくと良いと思います。

一度間違って弾くと、間違った脳の回路ができてしまうので、訂正しづらくなるのです。

わかること、わからないこと。結城美帆子

共感できること、できないこと、と申し上げた方が良いかも知れません。

世の中には、色々な考えの色々な人がおります。

当然、自分の考えと違う人もおります。

それが人間の社会です。

40歳くらいまでは、違いを受け入れるのが難しかったです。

50歳くらいまでは、自分と違う人を理解しようと一生懸命頑張りました。

50歳を過ぎた頃から、自分は自分で良いと思うようになりました。

いくら考えても、どんなに考えても、わからないことは、わからないですから。

愛犬が瀕死の状態なのに「たかが犬でしょ」と飼い主の私に言ってくる人の気持ちは、いまだにわかりませんが、もしその人が自閉症だったとしたら理解できたりします。

ハグマシーンや屠殺場を作った自閉症者テンプル・グランディンの気持ちもわからないと申しますか理解できません。

自閉症者の心に想いを馳せることはしますが、私が水であれば、彼らは油のようで、混じり合うことはできないように思います。

私は、女性が妊娠した時、胎内の我が子を異物に思うとは思いませんが、でも、異物に思う女性もいるのかも知れませんね。

世の中には、わからないことがまだまだたくさんあります。

世の中とは、人間とは、そういうものなのかも知れませんね。

お互いの違いを認め合うことが大切なのではないかと思いました。

わかることでも、共感することでもなく、お互いの違いを認め合い、お互いを尊重し生きていくこと、それが人間の尊厳につながるのではないでしょうか。

と、今は思ってます。

が、色々な人と出会って、色々な経験をしていく中で、また変わっていくかも知れません。

人間は、死ぬまで学びですから。

音楽とは。結城美帆子

私は、ピアノと声楽を長〜く学んできました。

バイオリンと電子オルガンのレッスンも受けましたが、バイオリンは身体に合わなかったようでしたので長くは続かず、電子オルガンはヤマハのエレクトーン・カワイのドリマトーン・ビクターのビクトロン・ナショナルのテクニトーン・ハモンド社のハモンドオルガンと5社のメイカーのレッスンを受けホテルのラウンジで演奏したり結婚式で演奏をしたりしましたが、深く勉強したいと思う楽器ではありませんでした。

一番の楽器は、人間の声だと思いましたし、今でも人間の声に勝る楽器はないと思ってます。

人間の声は、一生一度です。

人間の声は、変えることができないので、大切に使わなければなりません。

高校生の時、東敦子先生のオーディションを受けたのは、東先生の歌が自然に聴こえたからです。

東先生は、「話す声も歌う声も同じよ」と、おっしゃいました。

「心が閉じていると、喉も開かないの。喉を開けるためには、心を開けないとダメなのよ。」と、言われたことがありました。

声楽を長〜く学んできた私がいうのは変かも知れませんが、オペラ歌手がオペラ調で歌う童謡や抒情歌は良いとは思えません。

歌って、技術も大切ですが、心ですよ。

歌い手の心がこもっていないと素敵な歌に聴こえない。

オペラ調の子守唄を赤ちゃんに聞かせたら、赤ちゃんは寝るどころか泣き出します。

以前、実験をさせて頂いたことがあるのですが、歌い出した途端に泣き出しました。

音楽って、ホールでかしこまって聴くだけが良いというものではないと思うのです。

だから、本来、どんなにレベルの高い国際コンクールであっても、音楽は点数を争うものではないはずです。

本選に出場した人たちの演奏は、甲乙つけがたい演奏です。

コンクールが到達地点ではなく、コンクールは演奏家にとって出発点なのです。

もしかすると、ピティナピアノコンペティションをはじめ子供向けのコンクールは、そもそも目標の到達地点が違うのかも知れませんね。

ピティナピアノコンペティションや子供向けのローカルなコンクールは、一位になること金賞をとるコンクールの頂点に立つことが最終目標なのかも知れませんね。

私は、音楽は争うものではないと思います。

むしろ音楽は、心と身体に作用して、心を穏やかにしてくれ、争いの芽を摘んでくれる効果もあります。

しかし、使い方を間違えれば、人々の心を統一して戦争に向かわせたりもできるものです。

軍歌がその例です。

私は、音楽を争いの道具にはしたくない。

当教室は、ピティナピアノコンペティションに参加しておりますが、他者と争う為ではなく、自分自身の成長の為です。

結果は自ずと付いてきます。

結果は指導者が出すものでも親が出すものでもないと考えております。

結果は、本人が出すものです。

今日もピアノの先生をターゲットにした営業の電話がありました。結城美帆子

今日は、ネット広告の営業のようでした。

「ネット広告で、もっと生徒さんを集めませんか」との電話でした。

「ロイヤリティーをいただくシステム」と言っておりました。

現在は、ほとんどの教室がホームページで生徒募集をしているようですが、ホームページを公開しても生徒さんが集まらず困っている教室もあるようですね。

ピアノの先生という職業は、けっこう喰い物にされやすいのかもしれませんね。

私は、私の考えで自由にレッスンをしたいので、原則ホームページをご覧いただいて、私の方針にご賛同いただける方にお越し頂きたいと考えておりますので、紹介会社などに生徒集めをお願いするつもりはありません。

わからないこともありますが。結城美帆子

ピアノを習いにお越しになられている生徒さんの「わからない」というお気持ちはわかりますが、私は刑務所に入った経験や死刑囚になった経験がないので、刑務所に入った人の気持ちや死刑囚の気持ちはわかりませんが、彼らに想いを馳せることはできますから、追い詰められた時の一線を超えない為の抑止力になっております。

私は、長〜く音楽の勉強をしておりますので、相手の気持ちに想いを馳せることが習慣になっており、東日本大震災の時などは感情移入をし過ぎて胸が張り裂けそうになりました。

演奏をするということは、作曲家の気持ちに想いを馳せることです。

作曲家の気持ちに想いを馳せ、演奏をするということは、作曲家に感情移入をするということです。

俳優さんや女優さんも同じですね。

大竹しのぶさんなんかは、憑依したように演技をしますね。

想いを馳せ想像することしかできませんが、想いを馳せ想像することが大切なのではないでしょうか。

日本の国が死刑を廃止しない理由の一つに抑止力があると思います。

それは、人間には他者の気持ちに想いを馳せ想像する能力があるという前提なのではないでしょうか。

しかし、他者の気持ちが読めないというか、心がないというか、自閉症スペクトラムの人には抑止力にならない。

また、人格障害や統合失調症など精神を病んでいる人にも抑止力にならない。

これまでの裁判の判決では、統合失調症は責任能力が無いと判断されるようですが、人格障害や広汎性発達障害(現在は自閉症スペクトラム)の人には死刑判決が下されているのです。

他者の気持ちに想いを馳せ想像することは、犯罪の抑止力だけではなく、思いやりの心も育まれます。

私は、音楽で思いやりのある心根の優しい人間を育てたいのです。

そして、みんなが幸せになることを願い世界の平和に貢献したいと思います。

当教室のピアノのレッスンで得られること。結城美帆子

ピアノは継続する力が身につくと言われますが、継続力はピアノ以外の習い事でも身につきます。

ピアノは継続力以外に、他者への思いやりの心や、状況に応じてとっさに判断する能力、状況に応じてとっさに機転を利かす能力が育つのです。

AI時代を生きていく為に必要な能力が育つのです。

私のレッスンは、たえず考えることを要求します。

音楽の知識や理論も大切ですが、作曲家の曲に対する想いを考え演奏することが大切です。

作曲家は、どういう風に演奏して欲しいと思っているかを考えて演奏するように指導します。

ピアノは、指導法によりAI時代を生きていく為に必要な能力「地頭力」を鍛えることができ、全人的な人格形成ができます。