子供は、みんな才能を持って生まれてきます。

子供の才能を開花させられるかどうかは、親と指導者しだいではないかと思います。

子供の場合、指導者を選ぶのは親ですから、親の影響が大ということです。

私は、基本的に無理をさせないようにレッスンをしているのですが、本当はその生徒にとって無理なことではないかもしれないなーと思うことも多々あり、見極めることの難しさを感じます。

私は無理ではないと思っても、親がこの子には無理と口には出さなくても心で思っている場合は、無理なので、子供と親の心の中を見極める必要があるのです。

私は、1週間に1日しか子供に携われませんので、後の6日間は親御さんにお任せするしかないので、親御さんがどのような考え方で、ご自分のお子さんをどのように見ているのかを考えて、指導していかないとうまくいきません。

コンクールで全国大会出場ができると私が思う生徒さんでも、親御さんの協力が得られなければ、お子様の才能を伸ばすことはできません。

当教室に通われている一般のお子さんは、親御さんが線引きをせず、生徒さん本人と親御さんが100%の努力ができれば、みんなピティナピアノコンペティションで全国大会に出場できる可能性はおおいにあります。

認知症を予防しましょう

埼玉県の大野知事が、テレビで出演で、「コロナで入院できない人は、認知症の人と障害者です。閉じ込めることもできませんからね。」と、おっしゃっておりました。

現実であり、本音でしょうね。

認知症の人や障害者は、社会の迷惑にならないように閉じ込めたいというのが本音かもしれませんね。

脳梗塞で母が入院した時も、身体は抑制帯で拘束され、手にはミトンをされましたが、私が付いている時は、拘束帯とミトンを外してもらえましたので、レッスンをしている以外は、ほとんどの時間病気におりました。

デイサービスにお願いする時も、拘束帯を家族に購入して頂き購入させて頂くことに同意を頂けなければお預かりできませんと言うデイサービスもありました。

家で家族が介護する時に、拘束帯を使ったら、虐待で警察に連れて行かれるのに、病院や介護施設の職員が拘束帯を使うことは認められているのです。

おかしいと思いませんか?

発達障害の子供が利用する放課後デイサービスの施設でも、保護室と言われる閉じ込め部屋があります。

精神科の病院にも保護室と言われる閉じ込め部屋があります。

拘束されず自由でいる為には、自立した生活が営めることです。

30年以上前になりますが、祖母が脳梗塞を発症した時は、24時間家族の付き添いがなければなら入院はさせられませんと言われて、祖母の娘や孫、それにおばさんたちの婿殿も総動員で付き添いました。

完全看護となっていた病院でしたけどね。

認知症の人や知的障害な人は、平常時は社会の迷惑にならないようにそれなりの支援を受けられるのでしょうけど、今のような時は、入院もさせてもらえないのが現状なのでしょうね。

生まれながらの知的障害の方は仕方がないとしても、後天的な認知症はある程度予防が可能なわけですから、予防しましょう。

知的障害のお子様は、普段から抑制ができるように育てたほうが良いと思います。

社会の中で生きていく為には、我慢が必要な時もあります。

抑制帯を使われたり、保護室に入れられるのは、抑制ができないからで、その為に命の危険があるからです。

私が自閉症発達障害の生徒さんに1番身につけれ欲しいスキルは、他者の話を聞くこと自己抑制我慢です。

他者の話を聞くことができなければ、社会の中で自由に生きていけないと思います。

自己抑制我慢ができなければ、やはり社会の中で自由に生きていけないと思います。

コンクールで全国大会出場を目指す人は、毎日相当な練習をします。

渡部由記子先生のレッスンを受けている方々は、コンクールになると平日は5、6時間、土日は12時間〜15時間練習をしているようです。

遊びの時間を我慢抑制しないと、それだけの練習時間を確保するのは難しいのではないでしょうか?

コンクールは、自分をコントロールする能力も育まれるのです。

目標を達成する為には、何かを我慢しなければならないこともあります。

コンクールは、自分はどうすれば目標を達成できるかを学べるのです。

そして、目標を達成する為の方法・スキルを身につけることができるのです。

ただ楽しいだけのピアノのレッスンでは、目標を達成する為の方法を身につけることはできないです。

生徒の皆さんには、私のピアノのレッスンで生きる為に必要なスキルを身につけて頂き、自分の翼で大空を自由に羽ばたいて欲しいと願っております。

熟年の生徒さんにおきましては、ピアノのレッスンで認知症を予防して介護を受けることなく、自分の人生を自由に生きて欲しいと願っております。

医者様に対しては、命を守るというより、人間の生活が営み続けることができることを目的として、治療をして欲しいと思います。

私は、命を守ることだけを目的とした治療は受けたくないです。

人間は老化し、いずれ死にます。

介護の期間が1番長い国は、日本です。

介護の期間が世界で1番長い理由の一つには、今の医療体制や治療方針にも原因があるのではないでしょうか?

老人ホームには、専門の栄養師がいて食事を管理されコントロールされているからでしょうか?長生きされている方が多いと思います。

でも、老人ホームで介護を受けて生活をすることは、幸せでしょうか?

私は、たとえ命が短いと言われても良いから自由に生きたいです。

誰かに管理をされてまで、長生きはしたくないです。

「老害」なんて言う言葉もあるようですが、人間教育をおろそかにしてきた結果ではないでしょうか?

ある程度、年配者を敬うということも必要ではないかと思うのですが、老人介護の仕事に携わっていると、仕事がら仕方がないかもしれませんが、年配者を敬うという気持ちが薄れているように思います。

私がかつて勤務していた特別養護老人ホームでは、施設長の考えと指導で、入所者さんに対して、すべて氏に「さん」をつけでお呼びしておりました。

施設や病院によっては、氏ではなく、名前で「ちゃん」つけで呼ぶところもあります。

孫のような年齢の看護師や介護士さんから、母が氏ではなく名前で呼ばれたり「〇〇ちゃん」なんて呼ばれているのを聞くのは、なにか小バカにされているような感じで気持ちの良いものではありませんでした。

いずれ、みんな老いるのです。

もし、脳梗塞や脳出血で倒れた場合に病院へ行かずに治療を受けなければ、場合によっては介護を受けずにこの世を立ち去ることができるのではないかと思いますが、厄介なのは、小さい脳梗塞が少しづつ増えていく多発性脳梗塞は、介護を受けずにこの世を立ち去ることが難しいかもしれませんね。

隠れ脳梗塞と言われているものです。