ドクターカー

造園屋さんが作業中に蜂に刺されてアナフィラキシーショックを起こしたらしく、ドクターカーが来て、ドクターが救急処置をした後、救急車で運ばれて行きました。

アナフィラキシーショックは、15分以内に対応しないと死ぬ場合がありますので、怖いですが、お教室は筑波メディカルセンター病院のすぐ近くですから、すぐにドクターカーが来て命が救われたと思いますが、住まいの石岡市にはドクターカーを持っている病院はありませんから、死ぬかもしれませんね。

一般的には、近くのかかりつけ医と言われますが、私がお世話になっている銀座の岡部クリニックの岡部正院長は、近くにあったほうが良いのは救急病院で、通える範囲にあれば良いのはかかりつけ医とおっしゃいます。

会食をしても新型コロナウイルスに感染していない人もおります。

会食で感染していると言われておりますが、安倍総理をはじめ、政治家さんたちも会食をされているようですが、感染したという話は聞きませんから、会食がダメと言うことではないのでしょう。

感染防止対策が十分にできているお店で、良識がある人たちが会食をするのは大丈夫なのかもしれませんね。

コロナで消える仕事と生き残る仕事、同じ業種でも生き残れる業者と生き残れない業者があると思うので、全てに休業補償をするのは如何なものかと思う。

休業補償は、税金です。

私は、個人的にキャバクラやホストクラブ、ナイトクラブ、風俗に税金を投入して休業補償をするのには、違和感を感じます。

なぜ、キャバクラやホストクラブ、ナイトクラブ、風俗店に行くのでしょうか?

何かの癒しを求めて、空想の世界を求めて現実逃避、、、、、

なぜ、居酒屋さんやカラオケ屋さんへ行くのでしょうか?

心の空洞を埋める為に行かれているように思います。

心が満たされないから、心を仮想の世界で満たそうとしているのではないでしょうか?

多くの人が家庭に幸せを求めるようになれば、夜の街は少なくなるのではないでしょうか?

ラカンの精神分析では、『想像界・象徴界・現実界』と言う言葉がありますが、私は、現実界で生きていける人間でありたいと思います。

心が無いものは淘汰されていくような気がします。

身じかなものに愛を注ぎませんか。

ピティナも収益を上げる為に、あの手この手と色々なことを打ち出しておりますが、今は心から賛同できるとは言えないので、生徒の皆さんには、課題曲チャレンジや、その他オンラインによるものはお勧めしておりません。

私は、生の演奏が好きです。

人間の心は、瞬間のものです。

演奏は、一期一会だから心を打つのではないでしょうか。

何が起こるかわからないから、生の演奏に感動するのではないでしょうか。

亡き栗本尊子先生のリサイタルで、歌っている途中で止まってしまったことがあり、会場はシーンと息を呑むような感じになって、先生は少し下をお向きになられていたと思いますが、最初から歌いだされました。

栗本先生が87歳くらいのリサイタルでの出来事でしたが、あの時の感動は今でも心に焼き付いております。

素晴らしかったです。

人間の素晴らしさ、音楽の素晴らしさをあらためて実感できた演奏会でした。

これからの時代を幸せに生きる為に重要な能力とは。

これからは、結果に対価を支払う働き方になっていくような気がします。

もちろん、時間で働く仕事も当然残ると思いますが、自分の力で稼げる人と、仕事を請け負う人の格差が広がる社会になるような気がします。

リモートで可能な仕事は、自己管理力が問われ、信用が問われるのではないかと思います。

自己管理力は、人によって異なりますが、

①言われなくてもやる人

②言われたらやる人

③言われなくてもやらない人

管理者は、人の特性を見極めて、それぞれに合った管理方法が求められるようになり、管理の難易度が高くなるのではないかと思います。

これからの時代は、EQ(心の知性)が重要になり、人間の心に寄り添い「人間の情緒に働きかけていく能力」「五感で変化や予兆を感じ取る能力」を磨くことが、重要になっていくように思います。

lQ(知能的要素)は、AIやビックデータなどのテクノロジーによって代替えされていくように思います。

人間には、幸いにも「心」が有ります。

音楽は、人間の心を育ててくれます。

ピアノのレッスンで心を育み、これからの時代を幸せに生きていく生き方を身につけましょう。

私は、コロナの前から、お子様のレッスンに対しては、自己管理力を身につけていただけるような指導法を行っております。

結果やデータ重視で、心が置き去りにされていたように感じておりましたが、コロナで心の重要性を感じている人は多いのではないでしょうか?

生徒と保護者の皆様へ。

新型コロナウイルスの感染者が増えております。

感染しないように、十分な注意を致しましょう。

感染防止の基本を確実に実行しましょう。

子供たちを見ていると、壁を触ったり、床に座り込んで靴を履いている生徒もおります。

床に座らないで靴を履いたほうが、衛生的です。

とにかく、誰かが触るであろうところは触らないようにするか、触ったらアルコール消毒を習慣化することです。

会食や夜のクラブで感染しているようですから、今は会食や夜遊びは控えたほうがよろしいかもしれませんね。

誰が作ったかわからない惣菜も今は控えたほうがよろしいかもしれませんね。

外食も、店員さんの「お待たせしました」で飛沫が食べ物や飲み物に入るかもしれませんから、今は控えたほうがよろしいかもしれませんね。

無症状の感染者がいるということですから、とにかく飛沫を浴びないことです。

私は、生徒さんに飛沫を浴びせないように、喋るときはフェイスシールドをつけてレッスンをします。

自宅以外のトイレを使わせて頂くことも、今は控えたほうがよろしいかもしれませんね。

私は、フリーキラzの噴霧器を使用して全ての部屋を一日中除菌しております。

私の教室は、小さいお子さんから後期高齢者の方まで色々な生徒さんが起こしになられておりますので、衛生管理と感染予防策は必須です。

生徒の皆様には、レッスン室では、ピアノの鍵盤とピアノの椅子以外は触らないようにして頂きたいと思います。

鍵盤は、一人の生徒さんのレッスンが終わるたびごとに除菌消毒をしております。

お教室の玄関を出ましたら、必ずお手持ちのアルコール消毒液で手指の消毒をしてください。

とにかく、何かに触ったらアルコール消毒をする習慣を身につけましょう。

食べる時も手指を消毒しましょう。

私は、食卓や台所、洗面所、トイレなどにもアルコール消毒を置いてあります。

明日の東京の感染者数が500人にならないことを祈ります。

今一番ストレスを感じること

マニアル化した電話の対応に一番ストレスを感じます。

しょうがないのでしょうけど、できることなら電話をしたくないのですが、電話でしか対応してもらえないこともあるので、電話をかける時は、覚悟をしてかけます。

公の機関は、電話じゃないとダメなところが多いように思います。

私は腎結石の発作を一度起こしたことがあり、排出されて無くなったのですが、同愛記念病院副院長の平野先生にフォローアップをして頂いており、一年に一度CTの検査を受けに行ってまして、5月が受診日だったのですが、お電話をしたら、平野先生が直接出て下さって「今はコロナだから来ないほうがいいよ、石では死なないけど、コロナは死ぬから、、、」と言われて予約を先延ばしにしました。

もう一つ、一年に一度フォローアップで有明癌研病院へ行っているのですが、「受診するかしないかは患者さんの責任で判断してください」と看護師に言われました。

病院によって対応がこんなにも違うのかと驚きました。

癌研病院は、もう行かなくてもいいかなーって考えております。

癌研病院の規定だと、5年目までは主治医制で、6年目7年目は当番医になり、フォローアップ終了となるのですが、私はもうじき20年になりますが一年に一度ゆりかもめに乗るのも悪くないと思って、主治医も同じ先生が継続して診てくださっているので、ずっと通っておりました。

20年近くになると、お目にかかった時は、何の役職もない主治医でしたが、今は結構偉い先生になられております。

この主治医の先生が癌研病院を退職されたら私も受診をやめようと考えてはいたのですが、癌研病院はコロナに感染した看護師も出ましたし、検査室や検査の待合室は密閉で換気がされているようには思えないし、今どこも悪くないのに、通院してコロナに感染してしまったらバカじゃないかと思うし、同愛記念病院の平野先生も、いつもお世話になっている岡部先生も、「今は行かないほうが良い」とおっしゃいますし、困りました。

結局、癌研病院の対応は、患者の気持ちを考えている対応ではなく、マニアル対応なのですよねー。

同愛記念病院の平野先生と岡部クリニックの岡部先生は、患者の不安や患者の気持ちを考えた対応をしてくれているのですよ。

生身の人間を診ているか、単なる病気を診ているかの違いなのかなーとも思います。

患者って、医師の言葉で救われることも地獄に落とされることもあるように思います。

お医者様も色々な患者さんがいて大変なのではないかと思いますが、心に余裕があれば患者が不安を軽減できる言葉も自然に出るのではないでしょうか。

私の仕事の一つはピアノを教えることですが、キャパを超えて教えている状態の時は心に余裕がなくなり、生徒さんの手の動きから心の動きを読み取るのが困難になってきて、導くのが遅れてしまってミスを食い止めることができない時もあります。

心の余裕は大切です。

コロナでみんな心が疲弊しているのでしょうね。

みんな心に余裕がなくなっているのでしょうね。

心に余裕がなくなると、人間関係がギスギスしてきます。

心がある言葉を頂くと、ホッとしませんか。

障がい者へのピアノのレッスン。

ピアノを教えることは、すごく大変です。

障がい者にピアノを教えることは、疲労困ぱいで、まぶたが痙攣を起こすほど大変です。

立っているのも辛い時もあります。

そろそろ後継者を育てることを考えることが必要かなーとか考えることもあります。

気持ちは、まだまだやる気満々なのですが、体がついてこない。

私がピアノを教えている生徒さんは、障がいがあっても、みんな楽譜を見ながら弾けるようになっているので、もう少し頑張ろうと思ってます。

ピアノは、自閉症でも知的障害でも教え方によって健常者と同じように楽譜を見ながら弾けるようになるのです。

ただ、すごく大変なのです。

ピアノの練習について。

ピアノを習う目的によりますが、ピアノって毎日練習をしなければいけないというものではないと思います。

子供の場合は、ピアノが上手に弾けるようになり、ピアノで自信が持て自己肯定感を高められるように思って指導をさせて頂いておりますので、自分で出来る範囲で継続した練習をして頂くように導いておりますが、大人の場合は、ピアノを弾くことを目的にレッスンにお越しになられている方が多いように思いますので、大人の生徒さんには「無理をしないで出来る範囲で楽しんでください、お家でまったく練習が出来なくても構いませんのでピアノを弾きにレッスンにお越しください」と申し上げております。

本来、ピアノ教室は、心が触れ合う場所であり、心が安らぎ元気になれる場所なのです。

本来、ピアノは頑張って努力して上達するものではなく、楽しみながら楽しみが膨らむごとに上達していくものです。

コンペティション(コンクール)は他者と争うものではないのですが、通過がギリギリの人たちは結局他者より高得点を得ようとしているわけで、他者と争っていることになっているのではないでしょうか?

コンペティションは、どこまで深く勉強したかの結果ではないかと思います。

コンペティションは、どれだけ作曲家の想いを汲み取り、作曲家の気持ちになって演奏できたかではないかと思います。

感じる心が有り、想像力が有り、真実を追究する追究心が有ることが重要ではないかと思います。

ピアノを学ぶことは、「真・善・美」の追究ではないかと思います。

コンペティションは、深く学ぶことであって、けして他者と比べるものではありません。

ピアノを弾くということは、作曲家の心に想いを馳せ自らの心と体を通して作曲家の想いを伝えるということです。

コンペティションで1位になった人は、作曲家の心に十分に想いを馳せることができ作曲家の想いを十分に伝える演奏が出来た人です。

ある有名な作曲家の作曲家ご本人の曲のレッスンを受けさせて頂いた時、「作曲家は、こうしか楽譜に書けないんだよ。演奏する時は、楽譜から作曲家の全ての想いを汲み取って演奏して欲しい」と言われたことがあります。

ALS患者への医師による嘱託殺人について個人的な意見。

昔々、私がクリニックで仕事をしていた時、死刑についての話がありました。

その時、院長先生は、「医の倫理」があるから日本ではアメリカのように薬物による死刑執行はできないと言ってました。

医者は、神になってはいけないとも言ってました。

医者になると、偉くなったように錯覚する愚かな人間もいるとも言ってました。

私の知り合いの医師が、別れ話のもつれから、女性の首を絞めて殺してしまったという事件があった時、私の当時の顧問弁護士は、医師が殺人を起こすと刑は重くなると言ってました。

私は介護施設で働いた経験があるので、進行性の病気の入所者もたくさん見て参りました。

医師は、絶対やってはいけないと思う。

もし、医師が患者を安楽死させて良いということになったら、患者は医療を受けられなくなると思う。

獣医師は、動物を安楽死されることが出来ます。

完治が難しい病を抱えると、自分は生きていたいけど、周りに迷惑をかけているのが心苦しくなり、周りへの遠慮から自死を選択してしまう人もいるのです。

病気を抱えている人や、障害を抱えている人に、冷たい社会だから今回のような医師による嘱託殺人事件が起きるのではないでしょうか。

新型コロナウイルスにしても、感染した人は悪人みたいな扱いをされているように思う。

どんなに感染防止対策をしていても、誰でも感染する可能性はあります。

排除の心理ほど怖いものはないです。

みんな本当は死にたくないのです。

老人になっても、癌を患っても、死にたくないのです。

遠慮から、終活エンディングノートなんていうのを書いているのではないでしょうか。

私はピアノの指導の他に精神分析療法や心の相談カウンセリングを行っており、色々なご相談を受けて参りましたが、どんなに年老いても、治る見込みが少ない病気になっても、「死にたくない」と言ってお亡くなりになった方をたくさん見てきました。

癌が再発して治療ができない状態で、「人生の最後にやりたかったピアノを弾きたいので」とおっしゃってレッスンにお越しになられていた方もおります。

遠慮なんかしないで、生きましょう。

遠慮なんかしないで、治療を受けましょう。

遠慮なんかしないで、介護を受けましょう。

遠慮なんかしないで、生きるために必要な支援を受けましょう。

私たちは、生きる権利があるはずです。

心とは。

演奏会で、ショパンのノクターンを弾いてくれた大人の自閉症の方が、「心を込めて弾きました」と申しました。

知能指数が測れるレベルにない知的障害を伴う自閉スペクトラム症の小学3年生が、「がんばる」ということがどういうことか理解できていないのに「がんばる」と申します。

小学校に入学してから、親御さんか学校の先生に言われたのか?「ハイ」という返事ができるようになったのですが、「ハイ」の意味を理解していないのか、「ハイ」と返事をしても、ピアノを弾こうとしない自閉スペクトラム症の女の子。

自閉症の特徴の一つ「おうむ返し」は、自閉症者が生きる為の手段の一つなのかもしれないと思いました。

自閉症者にピアノを教えていると、心とは何なのかを考えさせられます。

自閉症者に、心が無いということは無いと思うのですが、自閉症は自分の本当の心を出すことが出来ないでいるように感じるのです。

一般の子供でも、新型コロナウイルスで、親や学校の先生からマスクをするように言われたり、人との距離を取るように言われたり、心の自由を奪われて日々生活をしているように思うので、自閉的になっているような気がします。

いい子になっているように思います。

我慢をしているように感じます。

子供たちは、本当はもっと自由な生活を望んでいるのではないでしょうか?

ピアノ教室に来ても、みんな静かでとっても良いお子様です。

私にも責任があるのではないかと感じておりますが、もっと元気に自分の気持ちを言える子になって欲しいと思います。

親や指導者の期待に応えようと一生懸命になっているように感じるお子様もおります。

ピアノで良い子を演じなくても良いと思います。

ピアノを楽しんで頂きたいと願っております。

いずれ否応なしに大人になるわけですから、子供の時はいっぱい子供を満喫して大人になった方が良いと思います。

そうしないと、大人になっても大人になれない大人になってしまいます。

時には我慢も必要な時もありますが、我慢ばかりしていたら心が疲弊してしまいます。

緊張も必要ですが、緩和も必要です。

新型コロナウイルスでピアノ教室が変わるような気がします。

大手楽器店の音楽教室は、政府の外出自粛期間はレッスンがお休みになっていたようですが、個人のピアノ教室の多くは、オンラインレッスンを取り入れていたようです。

全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)は、一般のコンペティションは中止になりました。

日本ピアノ教育連盟のピアノオーディションも中止になりました。

日本障害者音楽連盟のピアノパラリンピック全国大会も中止になりました。

ピアノのレッスンの価値とは、なんでしょうか?

改めて考えております。

ピアノ教室とは、心が安らぐ場所ではないでしょうか?

ピアノ教室とは、心と心が触れ合う場所ではないでしょうか?

心の安らぎや安心・心の触れ合いによる安心は、オンラインレッスンでは得られないことではないでしょうか?

ピアノのレッスンは、心と心のコミニケーションが可能です。

目に見えないウイルスに不安を抱き生活が変わって心が疲弊している中で、ピアノ教室は、心が触れ合う場所を提供し、心の安らぎという安心を与える役目を担うことが出来るのではないかと思います。