「障害」という言葉を使うのを止めようと思います。結城美帆子

障害ってなんだろう?

身体障害の人の中には、自分は障害者と自覚できる人もいると思いますが、障害によっては、自覚がない障害者もいるのではなかろうか?

たとえば、知的障害の人は、自分が知的障害とわからないのではないでしょうか?

生まれながらに目が見えなかったり、耳が聴こえなかったりする人たちも、自分が障害者だと自覚はしていないのではないでしょうか?

30年間、色々な障害がある方々にピアノを教えてきて、生まれながらになんらかの障害を持っている人たちは、障害を障害という認識はしていないのではないかと思えるのです。

なぜなら、相手のことがわからないであろうと想像するからです。

わからなければ比べるものがないので、妨げには感じていないのではないかと思うのです。これまで、たくさんの自閉症者にピアノを教えて参りましたが、彼は自分が障害者だとは認識をしていないように思うのです。

周りが、障害者と言っているだけのことのように思うのです。

周りが困ることがあるだけで、自閉症者本人は何にも困っていないように思えるのです。

子供の自閉症者だったら、親や幼稚園の先生や学校の先生が勝手に困っているだけのように思うのです。

私は、ピアノを教えるとき、健常者と言われる人にピアノを教えるときも、障害者と言われる人にピアノを教えるときも、生徒さんの心の中に入っていきますので、私にとって健常者も障害者も関係無いのです。

健常者と言われる人であろうが障害者と言われる人であろうが、生徒さんが何がわかって何がわからないのか絶えず考えてレッスンを進めているので、健常者も障害者も関係無いのです。

健常者でも音楽に対しての理解力が低い方もおりますし、障害者でも音楽に対しての理解力が高い方もおります。

ピアノを弾けるように教える上では、幼児も熟年者も健常者も障害者も関係ありません。

それぞれの理解力や特性を見極めてピアノが弾けるようにするのが、私の仕事です。

発達障害は、発達が遅れているということなのでしょうが、いずれ発達するということではないのです。

以前、発達障害なのですがという幼児を連れてこられた親御さんが「うちの子は、後で伸びるタイプなので」とおっしゃいました。

親御さんのお気持ちはわからなくもなかったですが、ちょっと違うかなと思いました。

発達障害という言葉がよくないように思います。

発達障害という言葉は、親御さんに間違った希望を与えてしまっているのではないでしょうか?

広汎性発達障害もアスペルガー症候群も学習障害も多動障害も注意欠陥障害も、自閉スペクトラム症となりましたので、当教室でも、障害という言葉を使わない為にも、「自閉スペクトラム症」という言葉に統一することに致します。

また、当教室では、これまで通り、ピアノを弾けるようにすることを目的としてレッスンを進めて参ります。

ピアノが弾けるようになることによって、ピアノは脳のたくさんの部分を使って演奏しますので、ピアノが上手く弾けるようになることによって、脳が活性化され生きていく為に必要な力が育まれます。

養育を目的とした音楽療法なるものは致しません。

音楽とは、あえて音楽療法などと言わなくても、心と体に作用して人間の心身を健全に保ってくれる働きがあるのです。

私は、療法とか、療育とか、音楽療法なんて言う言葉は好きではありません。

音楽は、特別なことではないのです。

音楽は、短に存在していて、誰でも楽しむことができるものなのです。

精神分析的アプローチによる自閉症児へのピアノレッスンの効果。結城美帆子

1回60分の精神分析的アプローチによるピアノレッスンを始めて10ヶ月が過ぎた自閉スペクトラム症の〇〇ちゃん小学一年生の心理検査報告書を拝見させて頂きました。

前回の検査結果と比べると、知能指数(IQ)の数値が高くなっており、今回は療育手帳の交付は受けられなかったとのことです。

支援を受けなくても生活が可能と判断されたことは、喜ばしいことと思います。

心理検査では、知能指数や言語理解能力・知覚推理能力・ワーキングメモリー・処理速度能力などが数値化されます。

心理検査が全てではないと思いますが、子供の特性を見極める方法の一つとしては悪くないかもしれません。

面談式の心理検査は、検査者の影響も多少あるように思います。

私の教室には、医師の診断は受けていないが、自閉スペクトラム症かなと思う生徒さんが数名おります。

つくば市で教室を開室して20年ですが、私が自閉スペクトラム症を疑って専門の医師の受診を勧めて受診された生徒さんは、これまで全ての生徒さんが自閉スペクトラム症の診断を受けております。

自閉スペクトラム症は、一般のお子さんとは違う特徴があるのです。

知的障害を伴わない自閉スペクトラム症の場合は、親でもわからないかもしれませんが、精神分析的な観点から観察をするとわかるのです。

以前は、診断を受けたほうが良いと思い、疑われる生徒さんは受診をお勧めしましたが、診断を受けたからといって医師が自閉スペクトラム症の治療をできるわけではないので、今は親が受診を望まなければ受診を勧めることはしません。

自閉スペクトラム症であっても、その子が自分なりの方法で生きていけるように導いてあげれば良いと思うのです。

精神分析は、自分は何者なのかを知り、自分なりの生き方を身につけていくことができます。

私のピアノのレッスンは、精神分析を応用したレッスンです。

たえず主体に帰します。

精神分析家は、カウンセラーと違って共感もしませんし、自分の意見を言うこともしません。

精神分析は、たえず自分で考えることを要求します。

私のピアノのレッスンでも、たえず考えることを要求します。

自閉スペクトラム症は、主体を奥深くにしまい込んでしまっているので、まずは主体を引き出してあげる必要があるのです。

主体を引き出して伸ばすことができれば、自閉スペクトラム症でも、社会の中で自立して(自分の力で稼いで)生きていくことができると思います。

世の中には、自閉スペクトラム症でも、自立して立派に生きている人たちがたくさんおります。

自閉スペクトラム症の人は、自分の全てを受け入れてくれる人が一人でもいれば、それが心の支えとなり社会の中で自立して生きていくことができます。

私は、その一人と思っております。

微力ですが、ピアノのレッスンを通して、ピアノと共に自閉スペクトラム症の人たちの心の支えとなるように、生涯に渡りこの身を捧げたいと思っております。