責任とは。結城美帆子

昨日、ある会社のある方に、「今回の件は、自分が最後まで責任を持ってサポート致します。」と、言われたのですが、この方は、責任ということをよく考えないで使っているように思えました。

この方が言っているのは、相手の気持ちを対象にした責任ではなく、自分を対象に責任という言葉を使っているように思えたのです。

多くの人は、このような使い方をしていると思います。自分を中心に考えている人が多いですから、仕方がないことです。

なので、私は、相手の言う「責任」という言葉を鵜呑みには致しません。

若い頃は、相手を信じていた時もございましたが、自分の思っている責任と相手が思っている責任は、同じではないと気が付いてからは、相手の言う「責任」を信じないことにしたと申しますか、眼中に入らなくなりました。

「責任」という言葉の他に、「お気持ちはわかります」とお使いになられる方もおりますが、この言葉も考えても意味がない言葉です。

気持ちをわかってもらったって仕方がないです。

言葉をしゃべるだけ無駄です。

ピアノの指導であれば、生徒さんがわからなくて上手く弾けない時に「お気持ちはわかります」なんて言っても意味ないです。

生徒さんが、何がわからないのかを一生懸命に考えて、生徒さんがわかるように一生懸命に考えて、生徒さんが満足できるレベルに弾けるようにするのが、指導者の仕事と認識をしております。

その人の気持ちは、その人にしかわからないです。

想いを馳せることはできます。

想いを馳せることが大切なのです。

指導する時は、たえず生徒さんの心に想いを馳せ、生徒さんが何がわからないのか、生徒さんが何がわからなくてうまく弾けないのか、一生懸命に考えて教えております。

わからないから習いに来てると思っておりますので、生徒さんのわからないという気持ちがわからなかったら、ピアノの指導はできませんでしょ。

私は、「あなたのお気持ちお察し致します」とか「お気持ちはわかります」なんて言われると頭にくる。

最近は、頭にくるのもバカバカしいと思うようになりましたので、頭にもこなくなりました。

またバカがバカを言ってるとしか思えなくなりました。

私は、仕事の相手に求めるのは、結果のみです。

言い訳はいらないのです。

気持ちもいらないのです。

一見冷たいように聞こえるかもしれませんが、優しい言葉だけでは、飯は食えないのです。

やるべきことができて、初めてなんぼなんじゃないかな。

私がお世話になっている司法書士さんも税理士さんも弁護士さんもお医者様も、私がどんなに大変な時でも「お気持ちはわかります」とか「大丈夫」なんて言いません。

みんな生きるということが、どういうことかということを、よくわかっているからではないかと思います。

人生は、生易しいものではないということを、よくわかっているからではないかと思います。

自分は、何もできないということを、よくわかっているからではないかと思います。

見守ることしかできないということを、よくわかっているからではないかと思います。

私は、優秀な司法書士さんや税理士さん、弁護士さん、お医者様方に支えられているおかげで生きていることができているのです。

幸せなことです。

責任とは、自分がとるものです。

相手に対しての責任は、最終的には裁判官が決めてくれることです。

いくら相手に「責任を持ちます」と言っても、相手が「責任を持ってもらえた」と思わなければ、責任を果たしたとは言えないと思いますが、軽々しく「責任」と口に出す人は、相手が納得がいく責任を果たせなかった時、「あなたにもやるべきことがあります」とか言って「あなたがやるべきことをやらなかったから」とか「あなたがやるべきことができなかったから」とか言って、責任転換してくるのがおちでしょう。

それでも納得がいかない時は、裁判を起こすしかないです。

そして、最終的には、裁判官が決めてくれます。

結局、自分の責任は、自分でとるしかないのです。

それが、大人の世界なのではないでしょうか。

私は、コンクールに参加する人や受験生においては、責任指導を行って参りましたが、私の責任の取り方は、目標が達成できなかった時は、指導料を頂きませんので無報酬、それどころかレッスンをすれば光熱費がかかりますから、生徒さんの目標が達成できなかった時はマイナスになってしまいます。

これまで、受験生においては、全て成功してきましたのでマイナスになったことはありません。

全て成功できたのは、やる気がない生徒はレッスンをしなかったからです。

人生は哲学、音楽も哲学。結城美帆子

私は、ピアノの指導歴が40年になります。

この間、多くの悩みにぶつかり、苦悩に満ち溢れ、私の人生の船が人生の荒波に揉まれ、沈没寸前になったこともございました。

そんな時、偉大な先人たちの言葉に助けられました。

世の中には、「哲学者」と言われている人がおりますが、哲学を学んでいるのは哲学者だけではありません。

せっかく学んでも、人生に活かせなかったら、宝の持ち腐れではないでしょうか。

ラカンの精神分析を学んでいる「東京精神分析サークル」にも哲学を学んでいる人もいたようですが、彼らは学んでいるだけで人生に世の中のために活かしているようには思えませんでした。

学びとは、自分の人生にどう生かすかではないでしょうか。

私は、音楽から、たくさんのことを学びました。

私は、自分の人生を生きていく上で必要なこと大切なことは、全て音楽から学んだと言っても過言ではないと思います。

日野原重明先生は、聖路加国際病院の名誉院長でもありましたが、音楽にも深く携わっておられた先生です。

あらためて日野原重明語録を読み返しますと、日野原重明先生の人間としての哲学および音楽の持つ力を感じます。

日野原重明先生のお言葉を胸に、ピアノを教えて参りたいと存じます。

音楽での人格形成。

こんなにも素晴らしい賜物を与えてくださいました母に感謝申し上げます。