レッスン時間の空き状況。結城美帆子

本日で、日曜日のレッスン枠は全て埋まりました。

土曜日も、今のところレッスン枠は全て埋まっております。

木曜日は、都内で仕事をしているため、つくばでのレッスンは有りません。

月曜日・火曜日・水曜日・金曜日は、若干空き時間がございます。

順次お申し込み順に予約を承っております。

大変化の時代に生きていける人間、稼げる人間とは。結城美帆子

終身雇用がなくなるでしょう。

年金では暮らせなくなるでしょう。

世の中が大きく変わろうとしております。

今後は、アメリカのようになっていくかもしれませんね。

大学入試も変わります。

中学の入学試験は、考える力が問われるようで、自分の考えを相手に伝えられる力も試されるようですね。

これからの時代は、記憶する学習や知識を丸覚えするだけの認知能力だけではなく、非認知能力・地頭力が必要みたいですね。

特に、「探究心」が重要で、自分で問題を提起して、考え、相手に伝えられる力が必要みたいですね。

京都の堀川高校や東京の開成中高などは、探究心を育てる教育に変えたようです。

私のピアノ教室も、現代を生きていける人間を育てられるように、指導方針を一部変更します。

自分で考えて、自分で判断し行動できるように、指導方法を一部変更します。

その為には、本人が「ピアノを習いたい」と思った時にレッスンを始める必要があります。

本人主体の能動的なレッスンです。

ピアノが弾けるようになりたいと思うことが必要です。

ピアノが弾けるようになる為には、毎日反復練習が必要であるということを伝えます。

弾けても、反復練習が必要であるということを伝えた上で、どうしたいかを問います。

ステップアップしていく為に、明確な目標と練習計画を立て、時には修正しレッスンを進めていきます。

本人の目標が達成できるようにサポートします。

親御さんには、見守りとサポートをお願いします。

ピティナピアノコンペティションに参加される場合も、自分で目標を決めさせます。

目標を達成する為には、どうすれば良いかを考えて頂き、目標を達成する為の練習計画を立て実行して頂きます。

結果が出ましたら、結果についてのお話し合いをします。

反省すべきは反省し、次の目標を定めて、レッスンを進めていきます。

やらされているという感覚ではなく、自らが主体的にレッスンを受けられるようにしております。

なるべく苦しまず穏やかに死ねるといいですね。結城美帆子

人間いつか必ず死にますが、なるべく苦しまず穏やかに死ねるといいですね。

家族を何人も看取りましたが、施設でも何人も看取りましたが、いまだに私が理想としている臨終には出会っておりません。

人間の呼吸が止まる時は、どの臨終を思い返しても、本人は意識がないようですから見た目ほど苦しくはないのかもしれませんが、私から見ると「もっと楽に死ねる方法はないのかな?」とか思います。

何人もの臨終の場に立ち会っているためか、息が上がって「ハーハー」する人を見ると臨終を連想してしまうので、不快な気持ちになってしまいます。

私、中学の時、体操部だったのですが、1年生の時に段違い平行棒の下のバーにお腹を打ち付けてしまって、息ができない経験をしたので、息ができない=死、と連想してしまうようです。

6月の暑い日たっだので、気が緩んでいたのが落下した原因だった思います。

私は、人間ドックで毎年胃カメラと大腸カメラの検査を受けているのですが、私が検査を受けている半蔵門胃腸クリニックは静脈注射で意識が無い状態で検査が受けられるので、全く痛くもなく苦しくもないですし、ひじょうに楽に受けられます。

先月検査を受けた時、「この状態で死ねたら楽だろうな」とか思ってしまいました。

検査が終わって目覚めた時、麻酔の影響なのかもしれませんが、目覚めた瞬間は、検査を受けたことも忘れていたようで、自分が今どこにいるのかも、「ここはどこ」みたいな感じで、徐々に我にかえって来て、検査を受けたことをわかるようになったのですが、「あのままわからないまま死ねたら楽だろうな」って思ったのです。

「死ぬって、想像しているより楽なのかもしれない」とも思ったのです。

心臓外科医の南淵明宏先生が「医療現場での不思議なこと」みたいな題名の医師がこんな本を書くのか?と思うような内容の本を出版されたのですが、実は、母は筑波大学附属病院に入院しており、お正月明けに退院も決まっていて、退院前カンファレンスも済んでいたのですが、1月3日に亡くなってしまったのですが、3日の午前3時頃私がトイレに起きた時に玄関に母の気配を感じたのです。

なんとなくですけど、「退院はできないかな?」と思いました。

それから間もなく病院から電話がありました。

南淵明宏先生の著書には、このようなことが書かれております。

心臓の手術は、心臓を止めて行うこともあるようで、中には戻らないでそのまま死なれる方のいるそうですが、そんな時も不思議な経験をしたのだそうです。

眠っている時は、脳が動いているので夢を見ますが、脳が死ぬと夢を見ることはないと思うので、生きているのか死んだのかの一線は「夢」なのかなとも思ったりもしております。

私が検査が終わって目覚めた瞬間は、何かの夢を見ていて、夢から目覚めたような感じだったのです。

私は感受性が豊かといいますか、感性が豊かといいますか、自分の心と体にたえず耳を傾けているみたいなので(無意識ですが)、少し特殊なのかもしれませんね。