自己承認欲求。結城美帆子

人間には、自分のことをわかって欲しいという「自己承認欲求」があるようです。

生まれて初めて実感しております。

自閉症の子供にピアノを教えていて「なぜ、わからないのかな?何でわかってくれないのかな?何がわからないのかな?」と❓マークばかりが出てきて、親も本人は気づいていないかもしれないけどアスペルガー型自閉症者だったりすると、親子で私が言っていることの意味の理解ができないから、私が変ということになってしまうので、どうしてわかってくれないの?という思いが強くなってしまい、欲求不満に陥ってしまいます。

「こんなに一生懸命に自閉症の子供に教えているのに、私の苦労を誰もわかってくれない」とか思ってしまう時があるのです。

仕事ですから、一生懸命に教えるのは当たり前のことなのですが、人間が頑張れるのは、金銭的な報酬だけではなく、精神的な報酬も得られるからではないかと思います。

精神的な報酬とは、努力をわかってもらえることなのではないかと思いました。

努力したことで成果を出すことができ、自分を承認してもらえることで、承認欲求が満足できる。

多分、子供のピアノの練習も努力が必要ですが、子供が努力をすることで得られることが有るか無いかで努力をするかしないかになるかもしれませんね。

努力をするには、努力する目的が必要みたいです。

この年齢になっても学ぶことがたくさんあります。

自閉症の子供にピアノを教える経験がなかったらわからなかったことです。

感謝ですね。

頑張れそうです。

みんなに感謝です。

有り難うございました。

自閉症スペクトラムについて。結城美帆子

現在は、医学的に自閉症スペクトラムの原因は解明されていない。

画像診断ができるということから考えると、自閉症スペクトラムの人は健常の人と脳が違うということ。

自閉症スペクトラムについて書かれた論文や書籍を読むと、遺伝は棄て去り難いかな。

精神疾患は自覚が無い場合が多いようだから、周りの人は色々な形で巻き込まれる可能性が高くなる。

パーソナリティ障害も本人は自覚がないから(本人は正常と思っている)から、周りが振り回されてしまう。

自閉症スペクトラムの人も、知的障害を伴わない自閉症者は自覚が無いから、自閉症の人と話をしているとずっこけてしまうことがある。

こちらが何か変と思っても、自閉症者は自分は変と思っていないから、知的障害を伴わない自閉症者と話をしたりお付き合いをしていると、すごく疲れてストレスを感じる時がある。

カサンドラ症候群である。

一日に数名の知的障害を伴わないアスペルガー型自閉症者と会話をしてると、「自分が変なのか?」と思ってしまい、まずいと思うことがある。

想像ですが、発達障害どうしの夫婦だったら、お互いだからお互いに変とは思わないのかもしれませんね。

同じように考えれば、親が知的障害を伴わないアスペルガー型自閉症者だった場合、親は子供が自閉症スペクトラムであったとしても気づかないかもしれませんね。

1週間に何人もの自閉症スペクトラムの子供にピアノを教えていると、健常の子供もいるので、どっちが変なの?普通って何なの?自分が変に思える時があるのです。

これは、もうキャパを超えていますね。

心をニュートラルにする必要がありますね。

今の私は、もろカサンドラ症候群ではないかと思います。

30年も自閉症スペクトラムに子供にピアノを教えてきて、初めての経験です。

カサンドラ症候群は病気ではないので、今のところ治療法はないのです。

ひどくなって体に何らかの症状が出れば、緩和させるために対処療法で何らかの薬が処方されるのでしょうが、私は対処療法はするつもりはありません。

心を休ませて、心が回復するようなことをして、回復を待つしかないです。

良い演奏を聴いたり、自分で演奏したりして、心を穏やかにしております。

それと、本音で話ができる人に愚痴を聞いて頂いております(これが回復には一番効果があるようです)。