世の中には理不尽と思うことも有ります。結城美帆子

今回事件に遭われたカリタス小学校の関係者の人たちは「なんて理不尽な」と思われているのではないでしょうか?

池田小学校で児童8人を殺害した宅間元死刑囚は「裕福な生活をしている連中に自分の身に理不尽なことがおるかかるとどういう気持ちになるか思い知られてやりたかった」と言っていたようです。

「死にたければ一人で死ね、巻き込むな」とネットに投稿している人たちも、想像ですけど、理不尽を感じている人たちなのではないかと思いますし、その思いを解消するために人一倍努力に努力を重ねている人な地なのではないかと思いますし、この人たちも抑えている何かが外れれば絶望して同じような事件を起こすように思います。

努力を強いている人は危ないです。

努力も必要な時もありますが、努力だけでは解決できないことも有るということも知ったほうが楽に生きられるようになると思います。

お医者様でも、すべてを犠牲にしてひたすら勉強勉強と努力に努力を重ねてお医者様になられて方は、患者の気持ちに思いを馳せることは難しいのではないかと思います。

ピアノでも、努力努力でピティナピアノコンペティションで全国大会に出場できても、ピアニストにはなれないでしょう。

若い頃まだ岡部先生にお世話になる前にかかっていた医師に、痩せるように言われた時があり、その医師からある時痩せられないのは「あなたのやる気の問題です」と言われて、私スイッチが入ってしまって1ヶ月で8キロ減量したのですが、尿酸値が上がってしまってバカを見たことがありました。

医師になるには、相当努力して相当色々なことを我慢して努力して努力して医師になられた人もいるでしょうから、そういう人は努力をしない人が嫌なのかもしれませんね。

勉強ができたから医学部を目指し医師になったという人もいるでしょうけど、子供の時病弱だったから医師になって人を助けたいと思って医学部を目指し医師になった人もいると思いますし、食いっぱくれる心配がないから医者を目指し医師になったという人もいるでしょうし、代々医者の家系だから医者を目指し医師になったという人もいるでしょうし、色々なお医者様がいらっしゃることでしょうね。

私は、ピアノを教えているわけですが、「努力」という言葉を使いたくありません。

ピアノを上手くなりたければピアノを弾けばよいだけのことです。

努力をしなければピアノを弾くことができないのであれば、ピアノを習うのをやめたほうがようです。

ピアノは、努力をするものではなく、楽しむものです。

私は、ピアノを弾きたい人にピアノを教えております。

私は、ピアノが上手く弾けるようになりたいと願う人に、上手く弾けるようになるように一生懸命に考えてピアノを教えております。

私は、生徒の皆様が、少しでも楽に上手に弾けるようになるにはどうしたらよいかを常に考え一生懸命に努力しております。

私は、ピアノを教えることが仕事ですから、趣味でピアノを教えているわけではないので、結果を出すために惜しみなく努力を続けております。

ピアノの指導者の仕事とは、いかに生徒が楽にピアノが上手く弾けるようにさせられるかですから、ものすごく努力が必要なのです。

仕事は、生活の糧を得るものですから、楽なはずは無いです。

「ピアノの先生は、趣味と実益が一緒だから楽に稼げていいわね」などと言われることも有りますが、弾けない人を弾けるようにするのってすっごく大変ですよ。

ちょっと教えれば理解して上手く弾ける人もおりますが、何度教えても理解できないぶまな人もおりますからね。

音高音大受験生やコンクールを受けたい人を専門に教えていた時のほうが、ある程度できる人たちでしたので教えるのは楽でした。

趣味の人たちは、理解力がまちまちなので、それぞれの頭の中を把握しながらレッスンを進めていかなければならないので、努力無しにはできません。

プラス障害者もレッスンしているので、理解力の差がすごいですから大変です。

でも、大変なだけやりがいはあります。

私にしかできないことという自負もあります。

読み書きができなくても、足し算引き算ができなくても、教え方によって、ピアノは弾けるようになるのです。

おそらく、難しいピアノが弾けるようになるのですから、教え方によって、読み書きや足し算引き算もできるようになると思うのです。

生きていくということは、自らの身に起こったことは、どんなに理不尽なことであれ、自分なりに引き受けなければなりません。

「精神分析の実践とは、患者が自らの運命を自分のものとして引き受けることを目指してきたのである」とラカン派の精神分析家向井雅明氏は言う。

生徒の皆様へ、どうぞ、ピアノを楽しんでください。

ピアノで苦しまないでください。

ピアノの練習で苦しまないでください。

練習が辛いからとの理由でピアノをやめないで欲しいと思います。

医療格差。結城美帆子

昨年の健康診断で受けたCTで腎結石があるとわかり、今年の4月に夜おそらく腎臓にあった石が尿道に落ちたのではないかと思うような強烈な痛みがあり、救急車で筑波メディカルセンター病院に行ったのですが、確定診断が受けられなかったので、掛谷先生にご紹介を頂いた、同愛病院副院長で泌尿器外科の平野先生のところへ昨日行きました。

CTやその他の検査を受け結果を聞いて帰宅しました。

掛谷先生が紹介してくれる先生は、皆トップクラスのようです。

病院を紹介してくだされのではなく、どこどこ病院のだれだれ先生というように医師を紹介してくださいます。

昨日の平野先生も話をしていると先生の人となりや医療に対する考え方が見えてきます。

平野先生「僕は3つも石を持っているけど、あなたは優秀だよ。今は綺麗だから大丈夫だよ。昨日CTに映っていたのは今日の検査では映っていないから出たんでしょう。このくらいだったら自然に出るから。」

私「救急車で運ばれた筑波メディカルセンター病院では診断がつかななったんですけど」

平野先生「僕は石やだからたくさん見ていてわかるけど、あまり見ていない医師だとわからないよ」

患者は、医者はみんな同じと思っている人が多いと思いますが、けして同じではないようです。

だからでしょうね、医師によっては特診療として5,000円〜10,000円お取りになる先生もいるようです。

私がお世話になっている先生方は皆さん優秀な先生ですが、特診療は取っていないです。

それで、実力が有る先生は、患者の話をよく聞いてくださいますし、診察時間も長い、けして3分診察ではないです。

昨日は10時の予約でしたが、最初の診察は10時くらいに入りましたが、多分特別だったと思いますが、CTとその他の検査のをして結果を聞くのに診察室にもう一度入ったのは1時を過ぎておりました。

平野先生「石ができないようにするには、こまめに水を飲むこと。普通の水だよ。水道水でもなんでもいいからちょびりちょびり1日2リットルは飲むように。特別な水はダメだよ、、、、コントレックスとかはダメだよ。僕は庶民を診るのが好きなんだ。あなたは、真面目にやりそうな人だから、、、、」

病気だけを診るのではなく、人間を診れる医者がいいですね。

精神科医の医者だけが心を診るわけではないですね。

体と心は一体ですからね。

健康で長生きするためには、医者選びも大切なのかもしれませんね。