犯罪被害者も犯罪加害者も生み出さない為に私達が出来る事。結城美帆子

今日の川崎市登戸の19人殺傷事件の犯人の50代の男は、死んでしまったから真相は闇の中だと思いますが、おそらく何らかの人格障害ではないかと想像します。

被害者は気の毒と思いますが、加害者も可哀想に思います。

加害者は、愛を知らずに育ったのでしょう。

被害者は、愛されずに育ったのでしょう。

愛は、人間が育つ時の栄養素となるのです。

愛情飢餓は、脳を萎縮させるとも言われます。

誰かに心から愛された経験があれば、加害者にならずに済んだかもしれません。

「自分は人から恨まれるような事はしていない」とか「自分は人から恨まれるような生き方はしていない」などと堂々とおっしゃる人がおりますが、本当でしょうか?

案外、自分では気づいていなかっただけで、相手を傷つけているかもしれませんよ。

統合失調症は自覚がないと言われてますが、人格障害は悪いと自覚しているようです。

人格障害は、治療が困難とも言われており、特に境界性人格障害は、治療者が巻き込まれやすいので治療を受け入れていない精神科医もいるくらいです。

事件は連鎖します。

人格障害者は、自分から治療を受けようとは思わないようなので、事件を起こさない限り社会の中で自由に暮らしてます。

知的レベルも高い人が多いですから、すぐそばにいてもわからないと思いますが、何度か話をしていると、被害妄想のようなものが出てきますからわかります。

子供には、とっさの時の逃げ方を教えておくと良いと思います。

世の中には、愛に飢えている人もいるという事を教えておくと良いと思います。

人格障害者は、本当の愛を実感できれば回復できると思います。

犯罪加害者を生み出さない為には、愛に満ちた社会にすることです。

お子様は、他者の痛みがわかる人間に育てましょう。

自分がされて嫌なことは、他者にしないようにすることを教えましょう。

人間の心は、教えないとわからないまま育ちます。

音楽は、愛です。

私は、音楽の力で、愛に満ち溢れた社会を実現したいと思っております。

愛とは何か?

「愛とは持っていないものを与えること」とジャック・ラカンは言います。

涙が止まりません。結城美帆子

川崎市登戸の事件で、犯人の男性と刺された小学生が亡くなったとのこと。

今日は、ピアノを弾く気になれなくて、これから気分転換に散歩に出かけます。

レッスンが始める前までには、なんとか気持ちを入れ替えられるよう頑張ります。

老人や障害者など弱者に冷たい社会だとこのような事件は増えるでしょう。

彼らの最終目的は自死です。

自傷他害は、行政による精神病院への措置入院となりますが、自殺が成功すれば措置入院されることもなく、目的を達成できるのです。

悲し過ぎると思いませんか?

私は、悲しくて悲しくて涙が止まりません。

川崎市登戸で悲惨な事件が起きてしまいましたね。結城美帆子

カタリス小学校は、カトリック系の小学校で、倍率も高い小学校で有名です。

とても躾が行き届いているご家庭のお子様がほとんどと言われております。

私は半蔵門線をよく利用するので、カタリス小学校の子供達をよくお見かけします。

私は、この事件は犯人の世の中に対しての無言の抵抗なのではないかと思います。

今のような社会が続くと暴動が起こると思います。

精神科の疾患が増えているのも、同じような理由ではないかと思います。

精神科の初診の予約は3ヶ月先じゃないと取れないとのことです。

自己責任ばかりを言うのではなく、思いやりの気持ちがあるといいですね。

でも、みんな余裕がないのでしょうね。

政治家さん、なんとかして欲しいですね。

そうしないと、このような事件がまたおきますよ。

カタリス小学校に通うお子様たちは、裕福なご家庭のお子様たちのようですから、もしかすると、歪んだひがみもあったかもしれませんね。

昨日のレッスンで。結城美帆子

アメリカから帰国されたばかりの幼稚園生でしたので、英語の歌も有るバステインを使ってレッスンを始めたのですが、拍子の中にリズムを割ることが上手く出来なかったので、途中からバイエルに変更しました。

現在、小学1年生です。

昨日のレッスンで、レッスンが終わった時に「バステインとバイエルどっちが弾きやすい?」と聞きましたら、「バイエル」とお答えがありました。

バイエルに変更してからは、ミスタッチが少なくなり、初見演奏がスムーズになっております。

バステインは、楽しい曲で出来ているのですが、弾き方の基礎がわかりやすく学べるのはバイエルではないかと思います。

バステインは、曲目が付いているので楽しそうなのですが、バイエルは番号しかついておりませんから楽しそうには見えないのです。

なので、バステインとバイエル両方の教則本をご覧頂いて生徒さんと親御さんにどちらかをお選び頂くと、これまで全員がバステインを選ばれました。

バステインは、教則本に毎日家でやる課題も書いてあるので、親が毎日練習に付き合えるご家庭の方でないと難しいように思います。

私は、幼児でも本人主体にレッスンをしておりますので、原則親が家で子供の練習に付き合わなくても大丈夫なのです。

幼児でも弾ければ楽しいですから1人で弾きます。

家で練習しないのは、弾けないから、できないから弾かないのです。

生徒さんが練習しないのは、指導者に責任があるのです。

お家で弾けるようにして家に帰すようにしないとダメなのです。

その為には、生徒さんの理解力により30分レッスンでは両手のレッスンまでできない時があるので足りないときがあるのです。

私のレッスンは、まず楽譜を読むことから教えて、次に右手のレッスン、次に左手のレッスン、次に両手のレッスンをして、両手で弾けるようにしてお帰り頂くようにしておりますが、生徒さん能力によって30分のレッスンで1曲仕上がらない方もいるのです。

目安として、バイエルは30分レッスンの場合1曲を両手で弾けるようにしておりますが、生徒さんの能力によって1曲を弾けるようになるのに60分かかる方もおります。

レッスンでスラスラ弾けるようになったものを家で練習するのはけして大変ではないと思います。

できない曲を練習するのは大変だと思います。

昨年までは、生徒さんの状況によって、サービスで無料で延長してレッスンをしたり、時間が延長できない時は別の日にお越し頂いて無料で補講レッスンをしたりもしておりましたが、不公平感もあるので、現在は30分レッスンの方は30分まで、60分レッスンの方は60分としております。

ただし、コンペティションに参加される方の補講レッスンは、時間に制限を設けず2時間程度レッスンをしている生徒さんもおります。

私は、どの生徒さんもピアノが上手に弾けるようにしたいのです。

ただそれだけなのです。

私が出来ること。結城美帆子

世の中には、色々な人がおります。

考えも様々で、価値観も様々です。

当教室にも、色々な人からの問い合わせが有り、色々な人からの体験レッスンのお申し込みが有ります。

そして、色々な生徒さんがおりますが、わたくし結城美帆子は、どのような生徒さんであれ、楽譜を正しく読みピアノの正しい弾き方を教えることと、精神分析的心理療法しか出来ません。

私はラカンの精神分析を学びラカン派の精神分析を受けておりますので、ロジャーズ派のカウンセラーのように、共感的態度や共感を強いる一般的なカウンセリングは出来ません。

人間それぞれですから、相手の心の痛みがわかるということはできないと思うのです。

もし、私が、どなたかから「あなたのお辛い気持ちわかります」なんて言われたら「何がわかるの」と思います。

相手の心の痛みに想いを馳せることは大切だと思いますよ。

でも、想いを馳せることと、わかるということは違います。

人間は、自分自身が生きていかなければならないのです。

人間は、自分自身の人生を自分で生きていかなければならないのです。

子育ての最終目的とは、子供が自分で稼いで生きていくことができるように礎を築いてあげることではないでしょうか。

親は、子供が幸せな人生を送れるようにと一生懸命に教育しているのではないでしょうか。

高校や大学に行かせるのも、少しでも良い学校に合格できるように学習塾の通わせたり、子供の幸せを考えてのことと思います。

私がピアノを習っていた頃は、まだ一部の人しか習う人がおりませんでしたが、ピアノの先生になれば、自宅で生活の糧を得られるからという親心で習っていた人が多かったと思います。

私は、高校から普通科ではなく音楽科を受験しましたし、小学生の時から受験したい高校のピアノの先生にレッスンを受けておりましたので、周りに趣味の人はおりませんでした。

ピアノを弾くのが何よりも好きだったので、音楽の高校に行きたいと思っておりましたし、ピアノの先生になりたいとも思ってました。

ところが、ギッチョンチョン、好きピアノを弾いているのと、専門的なピアノの勉強は、全く違っており、そこから人生の色々なことを考えるようになりました。

音楽の勉強が嫌になり、転校したいとも思いましたが、色々な人に反対され、最終的に当時レッスンを受けていた世界でオペラ歌手としてご活躍されていた東敦子先生に「とりあえず今の高校を卒業しなさい」とアドバイスを頂き我慢しました。

でも、教えるきっかけになったのも、東敦子先生に「お弟子さんとったら、教えるとあなた自身の勉強にもなるから」と言われて、ピアノと声楽を教え始めました。

音楽大学の一般教養で心理学や哲学の授業を受けているうちに、心理学や哲学をもっと深く勉強したくなり、ラカンの精神分析にたどり着き、自ら精神分析経験し、現在の私があります。

もし、東敦子先生に出会うことがなかったら、ピアノを教えるということはなかったと思うので、生徒の皆さんにお会いすることもなかったと思いますし、精神分析を経験しなかったら、障害者にピアノを教えることはなかったと思うので、これまた皆さんにお会いすることもなかったと思います。

東敦子先生と向井雅明先生のお二人に出会うことがなかったら、今の私はなかったのです。

出会いって大切ですね。

今は、この仕事を天職と思っております。