お医者様の生徒さん。結城美帆子

当教室には、ご職業がお医者様という生徒さんが数名いらっしゃいます。

内科、外科、耳鼻科、精神科、色々なご専門のお医者様がおります。

そんな中、今日レッスンにお越しになられた循環器がご専門のお医者様が「生理学的には、4番の指を独立して動かすことは出来ないのですが」とおっしゃいましたので、「生理学的には出来ないかもしれませんが、ピアノは全ての指が自由に独立してこのように動かせないと弾けない」と指を動かしながら説明をさせて頂きました。

訓練で動くようになるのです。

逆に言えば、訓練が必要ということです。

ピアノを弾くということは、生理学的に自然な状態では上手く弾けるようにはならないようです。

ピアノが上手く弾けるようになる為には、生理学的には考えられないことができなければならないのです。

ピアノを弾くってすごいですね。

練習というより、訓練が必要なのです。

ピアノは幼児期から習い始めた方が良いと言われる理由は、骨が固まる前に訓練を始めた方が、ピアノを弾く為の生理学的には考えられない指の動きが訓練により身につく可能性が高いからです。

指導力があるピアノの先生とは。結城美帆子

もうすぐピティナピアノコンペティションの地区予選が始まりますが、結果を出せる先生が良いピアノ先生なのでしょうか?

結果を出すことも大切かも知れませんが、努力や頑張りだけで結果を出せるわけではないですから、私は結果を出せる先生が良い先生とは限らないと思います。

生徒が頑張っているとか努力とかを意識する事なく、本人が心から満足できるレベルに導く事ができる先生ではないかと思います。

努力とか継続力とか言われますが、ピアノを弾くことが楽しいと思えれば、ピアノを弾くことを努力とか頑張るとか思わないのではないでしょうか。

ピアノを演奏するということは、作曲家の思いを楽譜から全て正確に読み取り正確にピアノの音で再現すること、作曲家の思いを時代を超えて伝えていくことにあると思います。

作曲家の思いを楽譜から正確に全て読み取り正確に演奏することができれば、地区予選程度は通過できるでしょう。

その為には、耳が大事です。

正しいリズム、正しい音の高低を聴き分けられる力が大切なのです。

聴き分けらることができる耳がないと、正しいリズムと正しい高低で弾くことが出来ないのです。

リズムは、正しい拍子が打てないと正しいリズムが打てません。

音楽の三要素とは「リズム・音程・ハーモニー」です。

まずは、リズムです。

リズムが、高低を生むのです。

拍子がなければ、音楽にはなりません。

音楽は、神様が人間に与えた最大の贈り物です。

犬も「ワンワン」と吠えて、あたかもリズムのように聞こえる時もありますが、犬の「ワンワン」には、強弱もしくは強弱弱の一連の規則はありませんので、リズムでもなければ音楽でもないのです。

オウムが人間の言葉を真似てあたかも人間の言葉をしゃべっているように聞こえますが、意味がないので言語とは言えません。

せっかく人間に生まれてきたのですから、言語の世界に入り音楽を楽しみましょう。

音楽はと言語は、人間に与えられた神様からの最大の贈り物ではないかと思います。

自閉症の人は、精神分析的な言い方をすれば、言語の世界へ入れない状態です。

言語の世界へ入れなければ、心から音楽を楽しむことができない。

自閉症の人も、心から音楽を楽しめることができるように、音楽の力で、自閉症の人が安心して言語の世界へ入ることができ音楽を楽しむことができるように導きたいと思います。

頑張る方向、努力の方向を、間違わないように致しましょう。

ピアノの初心者のレッスンで大切にしている事。結城美帆子

基礎をしっかり教える事を大切にしております。

ピアノは、楽譜を見ながら弾きますので、手を見ないで指を動かす事から始めます。

ピアノを弾き為には、空間認知能力も必要なのです。

空間認知能力や想像力が無いと、手を見ないで指を動かす事が出来ないようです。

発達障がいの方や、隠れ脳梗塞がある方は、自分の頭で指示した通りに自分の指を動かす事が出来ない人もおります。

ピアノを弾くという行為は、頭と体をフルに使いますので、普通にピアノが弾けない場合、どこかに何らかの問題があるかもしれません。

私は、色々な障がいをお持ちの方へのピアノのレッスンも30年近く行って参りましたが、少し前までは「個性」という位置ずけで教えていて少しづつでも出来るようになるようにというスタンスでレッスンをしておりましたが、最近は違うのでは無いかと思うようになってきております。

ピアノは、努力で弾けるようにするものでは無いと思うようになっているのです。

もし、努力をしなければ出来るようにならないのであれば、それは向いていないのかも知れません。

以前、音楽大学の教授の2人のお孫さんにピアノを教えていた事があるのですが、この教授から「努力をしなければ出来ないようであれば、それはその子供に向いていないからやらせないほうがよい」と言われたことがありました。

本当に実力がある人は、ピアノを弾くのが好きだからピアノを弾いているだけなのです。

ショパンコンクールやチャイコフスキーコンクールなど国際コンクールで金賞受賞をしている人たちも努力はしているけど、子供が親や先生に言われてしている努力とは違うと思います。

彼らは、努力を努力と思えなくなるような努力をしていると思います。

一般的な人間は、そこまでの努力に達する事は難しいでしょう。

東京藝術大学へは努力で合格できる可能性はありますが、才能が無い人はそこまでになるようです。

東京藝術大学を卒業しても演奏だけで食べていけない人がたくさんいる理由ではないでしょうか。

この年になると、子供の頃から見てきたピアニストもおりますので、本当に才能があった子は現在演奏家として活躍をされております。

ピアノの牛田さん、バイオリンの服部さん、指揮者の渡邊さん、ピアノの反田さんなどは、彼らが子供の頃から見させて頂いておりますが、努力を通り越していますよね。

ピアノを楽しむことを味わうことが大切ではないかと思います。

できる事の積み重ねができるようにしてあげることが指導者の腕の見せ所ではないかと思うようになっております。

努力をしなければ出来ないのは、背伸びをしているからでしょうね。

本人が「あれ、いつの間にか上手く弾けるようになっちゃった」と思える指導が優れた指導で、それをできる指導者が優れた指導者ではないかと、この頃思います。

本人は努力をしているという感覚ではなく、弾いているうちに上手く弾けるようになっている感覚、ただピアノを弾きたいから弾いているという感覚でレッスンが進んでいくことが理想なのではないかと、この頃思います。