ADHDの特性がある生徒さんのレッスンでの生徒さんとの会話です。
バッハインベンション14番の1回目のレッスンでした。
私のレッスンでは、新しい曲に入る時、楽譜を隅から隅まで理解するように指導をしています。
私「この曲は何調ですか?」
生徒さん「、、、、、」
私「調号はどこについていますか?」
生徒さん「シとミ」
私「正しく言いましょう」
生徒さん「シフラットとミフラット」
私「シとミにフラットがつく調は何調ですか?」
生徒さん「、、、、、」
私「シフラットは日本音名でなんと言いますか?」
生徒さん「、、、、、、、、、、、、、、、、」
私「楽典の教本でお勉強しましたよ」
生徒さん「、、、、、、、、、、、、、、、、、」
私「わからなければわからないとか、忘れてしまったのなら忘れましたとか言いましょう」
生徒さん「、、、、、、習った記憶がありません」
私「楽典でも教えましたし、バイエルでも教えましたよ」
私「私は、教えていないことは質問しませんよ」
生徒さん「、、、、、、」涙がこぼれました。
「習った記憶がありません」と言われたのは、正直ショックでしたが、これがADHD自閉症の特性でもあるので、めげずに諦めずに、「いつかきっと覚えられる」と信じて何度も何度も同じことを繰り返し言い続けるのが、ADHD自閉症の生徒さんへの指導で重要なことなのです。
ただ、気になったのは、「習った記憶がありません」と言われた時、何にショックだったかと申しますと、脳梗塞を患い血管性の認知障害を患っていた母が頭に浮かんだことです。
認知症の人は、忘れたことを忘れてしまうのです。
私は、人間の尊厳を大事にしているので、母が「何度も通帳を無くしてしまったので再発行をお願いしますと来るのですが」と銀行から何度かお電話を頂いたことがありましたが、私は「母の意思ですから、私が意見を言えることではないので、申し訳ございませんが、母の望みを叶えてあげてください」と申し上げました。
もし、私が母に「お母さま、何度も何度も無くして何度も何度も再発行してもらうのは、銀行にご迷惑をおかけすることになるから、私が預かりましょうか?」なんて言ったら、母は自信を無くし生きる気力も無くしたのではないかと思います。
発達障害も認知症も精神科が担当しますが、精神科領域の薬の処方や治療は、患者さん本人のためではなく、介護者や支援員の負担を軽減する目的なのです。
当教室の発達障害の生徒さんの中には、コンサータを服用している生徒さんもおりますが、医師や学校の先生から服用を勧められたそうです。
別の生徒さんは、今は薬は服用していませんが、親御さんが大変であれば薬を処方しますと言われているそうです。
私が以前仕事をしていた障害者施設でも、「薬を飲ませなかったら動物園ですよ」と施設長さんが仰ってました。
「習った記憶がありません」と言った生徒さんと、「通帳を無くしたのは初めてよ」と言って何度も無くしている記憶がなくなっている母と同じと思ったのです。
認知症は、脳細胞が壊れていく病気ですが、発達障害は脳細胞が壊れていくと言うことではないので、神経の伝達がうまく行くようにすれば改善されるはずです。
脳科学者の澤口先生は、発達障害は改善できると著書に書かれていますし、ピアノを弾くことは脳の発達にも良いと仰っています。
ただし、澤口先生の研究ですと、毎日最低でも30分弾かないと効果が現れなかったとのことなので、ピアノで発達障害を改善したい方は、毎日最低でも30分はピアノを弾くようにしましょう。
定型発達と発達障害は、そもそも脳が違うので、定型発達の子どもに教える指導法では歯が立たないと申しますか不可能です。
発達障害は子どもは、発達障害の世界があるように思います。
彼らが相手の顔を見て挨拶ができなかったり、叱られると癇癪を起こしたりパニックになるのは、なぜ挨拶をしなければならないのか?なぜ叱られなければならなかったのか?理解ができないからです。
理解と言うよりも認知の仕方が違うように思います。
定型発達の人と発達障害の人がお互いの心を分かり合えると言うことはないように思います。
なので、定型発達の人も、発達障害の人も、お互いに相手を認め合い尊重し合うことが大切と思います。
お互いに相手を変えることは出来ませんし、自分を変える必要もないと思っています。
社会に出た時ですよね。
必ずしも相手が発達障害に理解がある人とは限らないですからね。
今日の生徒さんだって、発達障害について知識が無いピアノの先生だったら、何度も教えているにも関わらず「習った記憶がありません」なんて言われたら、「あなた頭大丈夫?」とか「私を馬鹿にしているの?」と言われるかもしれません。
実際に、生徒さんをコンクール専門に教えている先生のレッスンを受けに連れて行った時に「あなたお馬鹿なの?それとも私を馬鹿にしているの?」と言われました。
〇〇先生には、大変に申し訳ないことをしたと反省しました。
忘れることは悲しいことだけでは無いと思います。
認知機能が衰えて行く母を見ていてそう思いました。
とっても辛かったことも忘れて行くようでしたから。
ピアノで言えば、忘れたら何度でも教えますから何度忘れても構いません。
ただ、言い訳を探したり、ごまかすことはやめましょう。
今日レッスンを行ったADHD自閉症の〇〇さんも、もしかすると、自分を正当化する為に言い訳を一生懸命に探した可能性もゼロとは言えないと思いますが、もし、そうだったとしても、一生懸命に考えたのですから良しとします。
人間誰しも自分の失敗や忘れたことは認めたくないですからね。
でも、認めた方が楽になりますよ。
30年に渡り50名以上の発達障害の人にピアノを教えてきて思うのは、言い訳を探したり、ごまかしたりするのも、発達障害の特性の一つでもあるように思います。
発達障害と言いますか自閉症の人は心が無いと言われますが、そんなことはないですよ。
感受性も優れていますし、感性も豊かですし、心もあります。
ピアノを習っているからかもしれませんが。
障害がある人も無い人も幸せに暮らせる社会になりますように!