食べるということ

なぜ食事をするのか?

生きるため、空腹を満たすため、栄養を摂るため、それだけでしょうか?

私は、心を満たすためでもあると思うのです。

美味しいものを食べた時、幸せな気持ちになりませんか?

気の合う人と会食をした時、幸せな気持ちになりませんか?

食事は、心への栄養でもあると思うのです。

コロナで飲食業界がダメージを受けておりますが、みんなの幸せのために、みんなの心を豊かにするために、みんなを幸せにするために、頑張って欲しいと願います。

食事は、目で楽しむということもあります。

ただ、身体への栄養を摂るためだけに食べるのであれば、これだけ化学や医学が進歩しているわけですから、豚さんや牛さん鳥さんたちを殺さなくても人間が生きるために必要な食品を作り出せるのでは無いでしょうか?

食べるために育てているなんて、、、、、

鳥インフルエンザでたくさんの鶏が殺処分されておりますが、人間に食べられるために殺されるのと、鳥インフルエンザで殺処分されるのと、鳥さんたちにとっては同じじゃないでしょうか?

戦争中は、食べるものが無くて、命を頂いていたのです。

飽食の時代、命を頂いているということを想って食している人が、どのくらいいるでしょうか?

感謝をして、命を頂いている子供たちがどれくらいいるでしょうか?

私は感性が豊かと申しますか、感情移入が激しい子供でしたので、牛さんの目が頭から消えなかったり、三匹の子ブタさんを食べることなんてできないと思ったり、ブレーメンの音楽隊に出てくる鶏さんを食べることなんてできない、なんて思ってお肉が食べられない子供でしたので、学校の給食は食べるのが大変でした。

お肉を食べるようになったのは、大人になってからです。

色々なことを考えられるようになって、哲学や人間の心理、宗教を少し勉強するようになって、全てのものには命があり、自分が今生きていられるのは、命を頂いてきたからと気付くことができ、その時もすごく悩みましたが、感謝をして頂くことを知りました。

今自分が生きていられるのは、たくさんの犠牲の上にです。

私は、お花が好きで、高校生の時に池坊で生け花を習い、30歳の時に龍生派の生け花の教授に指導を受けておりましたが、お花の首をちょん切るのが嫌になり生け花は辞めて、観葉植物を育てるようになりました。

でも、今は、お花も人間の心に栄養を与えてくれるために咲いているのではないかと思えるようになり、時々お花を生けております。

一輪のお花が好きです。

気高く、美しく、凛として咲いている一輪のお花を観ると、自分の背筋もシャキッとします。