頑張らない生き方。結城美帆子

学校の勉強も頑張らなければいけない、ピアノの練習も頑張らなければいけない、癌になったら病気と頑張って戦わなければならない、世の中頑張らなければならないことが多すぎるように思う。

昔何かで「そんなに急いでどこへ行く」というポスターを見たことを思い出しました。

頑張ってばかりいたら人間壊れてしまうのではないでしょうか?

朝テレビを観ていたら、悪性リンパ腫に侵されたフリーアナウンサーが「病気と戦ってきます」と話をしてましたが、私は病気は戦うものではないと思います。

だって、全てが生還できるとは限りませんし、病気と戦うというのであれば、生還できなかった時は病気に負けたということになり、死ぬことは負けということになってしまいます。

生きる死ぬは勝ち負けでは無いですし、病気は戦うものではないと思います。

音楽も他者と勝ち負けを争う競争ではありません。

ピアノにおいてコンペティションや何らかのコンクール等に参加するのは、自分自身が進歩する為です。

比べるとすれば、過去の自分です。

私はこれまで何度か大病を患い手術を経験したこともありますが、手術をした時は辛いですが、病気と戦おうなどと考えたことは一度も無く、なるようになるだろうと思ってましたし、どんなに頑張ってもなるようにしかならないだろうと思って時を過ごしておりました。

生きるか死ぬかは、神様が決めることのように思うのです。

多くの障害者にピアノを教えるようになってから、人間は何らかのミッションがあってこの世に生まれてくるのではないかと考えるようになったのです。

中には、頑張れない人もいるのです。

障害者の中には、頑張るということが理解できない人もおり、頑張るということがどういうことなのかわからなければ頑張ることはできません。

発達に障害がある方による凶悪な事件が起こりますが、多くの発達障害者にピアノを教えてきて思うのは、彼らは目に見えない感覚的なことを理解するのは困難なので、おそらく頑張るということがどういうことなのかわかっていないような気がするのです。

発達障害の人は、面白いと思うか思わないかしかないように思うのです。

面白いと思うことは興味があることで、一般的な人間が感じるような楽しさは感じていないように思えるのです。

練習をするとどうなるという具体的な想像が出来ないように思うのです。

ある程度弾けるようになって、指導者の私や親の眼差しや声など反応を観て、マルかバツを判断しているように思うのです。

ピアノは脳で弾くので、ピアノを弾くことにより脳が活性化されますから発達障害の改善が期待できますが、私は発達障害の人にもピアノを弾く喜びを心から感じてもらいたいと願い、主体を引き出す為に精神分析的アプローチによるレッスンをしております。

音楽の価値を信じ、多くの人に音楽の喜びを伝えたいと思います。

ピアノは、楽しむもので頑張るものでも苦しむものでもありません。

ピアノを学ぶことに喜びを感じて頂けるように、日々精進しレッスンをさせて頂いているつもりなのですが、まだまだピアノが難しいと感じておられる方もおり、申し訳ないと反省しつつレッスンをさせて頂いております。

私の教室においては、どうぞ、そんなに頑張らなくてもいいですからピアノを弾くことを音楽を楽しんでください。