頑張っても報われないこともある。結城美帆子

東京大学の入学式での上野千鶴子名誉教授の祝辞が話題になっているようですが、私も同感です。

社会に出れは、頑張っても報われないこともあるということです。

勝ち抜いて東京大学に入学できたのは、頑張れる環境にいたから、引き上げてくれる人がいたから、、、、、決しておごることなく、見下すのではなく、社会には、頑張っても報われない人もいる、頑張れない環境にいる人もいる、、、、そういう人たちに手を差し伸べられる人になってください、、、、という内容の祝辞でした。

この祝辞を聞いて、母が頭に浮かびました。

私の母は、四人姉妹の長女でした。

母の時代は、長男長女は家を守るために自分を犠牲にして家のために尽くしたのです。

自分がやりたいことなんてできなかったのです。

自分のための努力なんてできなかったのです。

私も長女ですから、そばで母を見てきて、なぜ母だけがこんなに苦労をしなければならないのだろうと憤りを感じておりました。

嫁に行った3人の叔母たちは、看護師になったり、民生委員をしたりしてますが、勉強ができる環境にいたからできたことです。

母は、家の中で誰よりも早く起きて、誰よりも遅く寝てました。

私が子供の頃は、祖父母と3人の叔母と私の両親と私の8人家族でした。

祖父母の介護も母が一人でしておりましたので、大変だったと思います。

時々見に来る叔母たちは、「シーツが汚れている」とか「部屋が寒い」とか、来るたびに何がしらの文句を言ってきました。

祖父母は二人とも脳卒中でしたので、まだ介護保険もありませんでしたし、自宅での介護は本当に大変でした。

介護って、どんなに頑張っても行き着くところは「死」ですから、報われることはないですし、褒められるということもないのです。

褒められてもなんにもならないのです。

介護を仕事にしている人は、報酬がありますが、家族を介護しても報酬はありません。

家族の介護は「愛」のみです。

母を介護していて、そして介護が終わった時、無力感と挫折感でいっぱいでした。

努力が報われないことの辛さを痛いほど味わいました。

昨年は、生徒さんがレッスンに来てくれてレッスンをしている時は、前向きに元気でいられました。

今でも、仕事をしている時は、前向きに元気でいられます。

努力ができるって幸せなことです。

ピアノが上手くなるためには努力が必要ですが、コンペティションで目標を達成するためにも努力が必要ですが、頑張れば報われる努力です。

勉強も頑張れば報われる努力です。

自分の目標を達成するために努力ができることは幸せなことです。