音楽を勉強することは、他人の痛みに思いを馳(は)せること。結城美帆子

音楽を勉強することは、他人の痛みに思いを馳せることです。思うを馳せるということは、他人の痛みを色々と考え想像して思いをつのらせることです。「遠い国の遠い時代に生きたバッハやショパンの喜びや哀しみを自らの心に引き受けることを獲得した子供たちであれば、世界各地で今起きている出来事や、となりで悩む友人の心に思いを寄せることは難しくないでしょう。」ピティナの事務局長で理事の加藤様が「わたくしたちの音楽」の中で書かれておりました。私も全く同じ思いでしたので、そのまま書かせていただきました。ピアノを勉強することは、音楽を勉強することです。私は、ピアノのレッスンで、他人の痛みに思いを馳せることができる人、他人の心の痛みに寄り添える人を育てたいと思うのです。私の母は、私にピアノと言う宝物を与えてくれました。ピアノを通して、人生を生きて行く上で大切なことをたくさん学びました。これからも学び続けると思います。母は脳梗塞が原因の脳血管性認知症を患っておりますが、色々な支援を受けながらですが、母を老人ホームなどに追いやること無く自宅で介護をしながら仕事をしております。母はもともとピアノの音が好きな人なので、生徒の皆様のピアノの演奏を聴いていると「上手ね」などと言って拍手をする時もあります。生のピアノの音は、脳にも良いようです。色々な人が生活しているのが社会なのです。老人も障害者も社会の中で自由に生きて良いはずです。老人ホームや障害者施設に追いやられて支援と言う名の管理をされて生きて行かねばならないと言うことはないはずです。母は現在脳梗塞の再発で入院中なのですが、医師の心ない言葉に傷つき、ピアノを弾いて傷を癒している毎日です。ピアノを弾いているうちに不思議と元気になるのです。