責任

ピアノの先生には、教える責任がある。

生徒は、先生を選ぶ責任がある。

生徒が子供の場合は、親に先生を選ぶ責任がある。

ピアノを習ったけど上手く弾けるようにならなかったという場合、まずは、ピアノを上手く弾けるようにしてくれる指導者を選ばなかった生徒に(子供の場合は親に)責任がある。

現在、私の教室は、ピティナピアノコンペティションやステップ、その他のコンクールに参加しておりますが、ただピアノ教室にレッスンに通っているだけでは、自分の実力を客観的に見ることができませんから、自分は上手くなったつもりになり、井の中の蛙になってしまいます。

私は、レッスンを引き受けた生徒は、きちんと弾けるようにしたいと思ってます。

引越しをして、他の先生にレッスンを受けるようになった時、次にレッスンを引き受けてくださる先生がやりやすいように、基礎をしっかりと楽譜を見ながら弾けるようにレッスンをしております。

基礎ができていないと最初から教えなければならず、指導者も大変ですが、生徒さんも大変なので、辛抱できずにピアノを途中でやめてしまうこともあります。

ピアノは、弾けるようになるから楽しいのです。

ピアノは誰でも音を出すことができますが、ピアノは音を作る楽器なので簡単な楽器ではないのです。

だから面白い楽器なのです。

誰でも簡単に弾けたらピアノの価値はないと思います。

ピアノは、努力を積み重ねることでしか得られないからピアノのレッスンには価値があるのです。

同じ音楽でも、ピアノのレッスンを受ける価値と、コーラスを楽しむ価値は、人生においてけして同じではないと思います。

コーラスは仲間がいなくなったら終わりですが、ピアノは生涯楽しむことができます。

他者の評価を受けなければ、自分を客観視することは難しいと思うので、恐れずに、色々なコンクールに挑戦して欲しいと思います。

具体的な目標がないと上達できているかどうかわからないと思います。

ピアノは、奥が深いのです。

学び続けて欲しいと思います。

ある生徒さんが「やりきった」とおっしゃたのですが、ピアノでも歌でも「これで良い」と思えることなんてないです。

音楽は、奥が深いのです。

だから面白いのです。

勉強する価値があるのです。

日本歌曲のグレートマザーと言われた栗本尊子先生は、60歳を過ぎて日本歌曲の勉強を始められたとのことです。

私も60歳を過ぎておりますが、いまだに個人レッスンを受けに行きます。

まだまだです。

学びを続けられるように、私はとにかく基礎を丁寧にしっかり教えております。