茨城県には、有名な音楽家の先生方がいらしたことをご存知でしょうか?
ベルカントの父と言われたアドルフォ・サルコリの養女になられ、サルコリ先生からピアノと声楽の教えを受けていた丸山徳子先生。
作曲家山田耕作の内弟子だった細谷一郎先生。
音楽家の使命とは、後の人間に伝えていくことも重要な使命なのかもしれないと、この頃思うようになりました。
私の最初のピアノの先生は、丸山徳子先生です。
丸山先生は、とても人脈が広い方でした。
児童合唱団でお世話なったのが細谷一郎先生でした。
丸山徳子先生と細谷一郎先生が、すごい先生だったと知ったのは、大人になってからでした。
作曲家は、自分の曲を楽譜に残しますが、楽譜には書き表すことができない作曲家の想いと言うものがありますが、それは、作曲家ご本人に教えを受けることで得られるものです。
それを代々伝えていくのが演奏家の重要な使命だと思います。
例えば、山田耕作先生の歌曲は歌い方に特徴があって、歌舞伎のテンポが必要と教わりました。
そのようなことは、楽譜に書いてありません。
なるべく、作曲家本人に教えを受けた方が絶対わかります。
数年前、ピティナピアノコンペティションE級だったかF級だったか忘れましたが、モンポーの曲が近現代の課題曲になったことがあって、私がお世話になった先生がモンポー夫人にレッスンを受けていたので、生徒さんに指導をするためにレッスンを受けに行きました。
弟子、孫弟子、ひ孫弟子、と代々受け継いでいくものなのです。
だから、安易に指導者を変更しない方が良いと思います。
誰を引き継いでいる先生なのかで、曲の解釈や演奏の仕方が変わったりするからです。
とってもお恐れ多い言い方をすれば、私はサルコリ先生の孫弟子で、山田耕作先生の孫弟子です。
私の音楽の原点は、サルコリ先生と山田耕作先生なのです。
遠い人のように思いますが、近くの人なのです。
私の生徒さんは、サルコリ先生と山田耕作先生のひ孫弟子なのです。
すごいと思いませんか?
音楽で繋がっているのです。