自分の健康を維持するのは自分自身。結城美帆子

人は誰でも老いて行き死にます。自分は、どんな最期を迎えるのか?わからないから生きていられるのではないかと思います。わからない幸せですね。でも、想像することは出来ます。いつか死ぬのがわかっているから、一生懸命に今を生きる。私は、穏やかな最期を迎えようなどとは思っていないし、今までの自分の生き方を見ても、穏やかな最期を迎えられるなどとは思っていない。だから、今を精一杯生きたい。私の最後の人生の目標は、ピティナピアノコンペティションで、どれだけの人に賞を受賞させられるか、どれだけピアノを上手に弾ける人を育てられるかです。別にピティナでなくても構わないのですが、客観的な評価が得られた方が指導の成果が自分にも生徒の皆様にも目に見えてわかりやすいからですし、具体的な見える目標があった方が目標に向かって努力しやすいです。私は、母から「ピアノ」「音楽」と言う宝物をもらいました。母への恩返しでもあります。母は、女でも男に頼らず自立して生きて行けるようにとピアノを習わせてくれました。母への恩返しのためにも優秀な生徒をたくさん育てるのが私の責務です。今まで、音楽の世界の人間が汚く思えて嫌になり福祉の仕事をしていた事もありましたし、人間が信じられなくなり警察犬を育てていた事もありましたが、今では全てが私の音楽の糧となっております。私の心と体の健康を管理してくれているお医者様もおります。それでも病気になる時はなるでしょう。その時は、その時でいいんです。明日があるかどうかわからないけど、明日があるであろうと希望を持って、今日を生きているのです。でも、心の隅っこでは「この人とは今日が最後かも知れないな」なんて考えて気を引き締めてレッスンをしていたり、人と別れる時も「今日が最後かも知れないな」と思ったりします。この年齢になると、結構お亡くなりになった恩師とか知り合いがおりますので「あの人と会ったのは、あの時が最後だったな」と思ったりするのです。だからかな「この人とは今日が最後かも知れないな」と思う事がたびたびと言うより、いつもになりました。そして、また会えたら「ラッキー」と思うようになりました。