精神分析的観点から考える。結城美帆子

ラカン派の精神分析家向井雅明氏の「考える足」をあらためて読み直しております。

19人殺傷事件を起こし自殺してしまった容疑者が、もし、まともな精神分析家に出会うことが出来ていて、精神分析を受けることが出来ていたなら、今回のような悲惨な事件を起こすようなことはなかったかもしれないと思いました。

『精神分析的観点は、子供の精神疾患を扱うにあたって、その原因を脳の障害に帰すことはせず、また、親一人に責任を負わせることもしない。その子の育った環境や、親の存在の重要さを踏まえたうえで、精神分析はこう考える。

どのような環境に育ったのであれ、疾患はその子自身の「責任」である、と。言うまでもなく、「障害を持った子供が悪い」などと見なしているわけではない。

「人生はその人のものであり、自らの身に起こったことは、どれだけ不条理なことであれ、自分なりに引き受けなければ、結局のところ人生そのものを失ってしまうことになる」という考えに基づいているのだ。

そして実際に、精神分析の実践は、患者が自らの運命を自分のものとして引き受けることを目指してきたのである。』

向井雅明氏「考える足」著者より抜粋。

私は、精神分析は最後の砦ではないかとさえ思っております。

世の中には、不条理と思うことも、理不尽なことも有ります。

世の中には、我が子を愛せない母親がいるのも事実なのです。

我が子を殺してしまう母親がいるのも事実なのです。

障害がある子供を産んで嘆き悲しみ心中しようと考える母親がいるのも事実なのです。

誰に相談しようとも、結局は、自らの身に起こったことは、どれだけ不条理なことであれ、どんなに理不尽なことあれ、自分なりに引き受けなければ、自分の人生を生きていくことはできないのです。

精神分析は、とっても辛い作業ですが、人生を失うようなことはないと思います。

精神分析は、経験してみないとわからないことでもあります。

虐待を受けて育った人は、親になった時に我が子を虐待してしまうというような負のスパイラルが起こりやすいと言われます。

川崎市登戸のような事件を起こさないようにするためには、愛を育てることではないでしょうか。

まずは、子供に愛を注ぐことができるように母親を愛で支えることです。

母親が愛で満たされていれば、我が子をたっぷりの愛情で育てることができると思います。