精神分析を受けてみませんか。結城美帆子

もし、精神分析家の向井雅明先生と出会うことがなく、精神分析を受けていなかったら、今ピアノを教えていると言うことはなかったと思います。私は、ピアノの先生になりたくてピアノの先生になりました。小学校の卒業アルバムの作文にも「私の夢は、ピアノの先生」と書きました。最初は、親戚の子を教えました。次は、近所の子どもたちが習いに来てくれました。大学在学中からヤマハの音楽教室で講師をさせていただいておりましたが、これが悩むきっかけになってしまいました。昔は、エレクトーンを弾けないとヤマハの講師になれなかったので、高校生からはエレクトーンも習っており、ピアノとエレクトーンと、今はありませんが造形リトミックの講師をしておりました。なぜ、講師をしていたかと申しますと、生活のためです。お金をいただくと言うことがどう言う事なのかもわかっていなかったようです。講師は、生徒に楽器を購入をすすめなければならないのです。新しいエレクトーンの機種が出れば講師は必ず購入しなければなりませんでしたので、大変でした。楽器メーカーは、講師の人数を考えて楽器を生産すると言われておりました。生徒が、レッスンをやめると嫌みを言われる事もありましたし、いづらくなって結局辞めて、自分で教室を開いたのです。ピアノを買ってもらえる人もおりましたが、昔はオルガン、今は電子ピアノで練習をしている人もおります。中には習い始めからグランドピアノを買ってもらう人もおります。音楽は、神様からの平等な贈り物だと思っていたのですが、平等じゃなかったのです。経済的な理由でピアノを習わせてもらえない子供や、音大へ行きたいけど経済的な理由で行かせてもらえない人もおりました。若い頃、母に「私はお金がない人にも教えたい。お金がないからピアノが習えないなんておかしい。」と言ってました。すると、母は「今にわかります」と言うのです。わかるまで、すごく時間がかかりましたが、母の言っていた通り、わかりましたが、10年以上精神分析を受けてわかった事の一つです。精神分析は、一人一人みんな違うので、精神分析を受ければこうなりますとは言えないのですが、自分の中で解決できずモヤモヤしているようなものが、霧が晴れていくように、クリアになってくるのは事実です。お金が大変そうな人に、無料で教えたり、レッスン料を安くしていた事もありましたが、私の自己満足にしかならないと言う事に後で気づきました。お金が有る無しや、レッスン料が高いか安いかではなく、価値だと思いました。ピアノのレッスンは、生涯残ります。けして無駄にはならないと思います。1回のレッスン時間を気にされる方もおりますが、時間ではなくレッスンの中身だと思うのです。私は、自分が受けてきたレッスン時間がどれ位だったかいまだにわからないのです。無頓着なのかも知れませんが。先生が「終わり」と言った時間が終わりなのです。ラカン派の精神分析も、時間は決まっておりませんで、分析家が終わりを告げた時が終わりなのです。精神分析は、精神的な病気を抱えている人が受けるものではないのです。自分の生き方を真剣に考えるときの手段に、精神分析は良いと思います。誰にも相談せず(一人娘なので相談する相手がおりませんでした。おばさまたちに言えば、ああでもない、こうでもないと勝手な事を言われるだけですから。祖母は、母と私が自宅で介護して看取りましたが、おばさまたちは、時々来てはシーツが汚れているとか、医師から処方された入眠剤を飲ませると、看護師の叔母が、こんなもの飲ませて、と言ったり、あげくは、お寿司を出前でとって振る舞わなければならず大変でした。)一人ですべて判断できたのも、精神分析を受けたからです。子育てや人生の岐路に立ち悩んでいる場合にも、精神分析は良いと思います。精神分析は、私のバイブルです。今も、困り事や悩み事があるときは、精神分析の本を読み直します。わたくし結城美帆子は、精神分析もお受けしております。ご希望の方は、お声をかけてください。初回は、5,000円です。2回目以降は、分析に通われる頻度により個別に設定しますが、おおよそ5,000円〜10,000です。精神分析も、ピアノのレッスンと同じで、その人にとってどれだけの価値があるかです。ピアノのレッスン料も、精神分析の費用も、価値に対しての対価だと思います。