第7回東京精神分析サークルコロック(研究会)に参加して②。結城美帆子

若いラカンニアンが育っていることは嬉しい限りです。思想、哲学、精神医学、臨床心理学、精神分析、文学の人もおりました。描画連想法の2つの症例発表を聞いて思ったことは、全体討議でも言われておりましたが、子供の何ならの精神症状には、母親の問題があるようです。私は、自閉症に対しても健常者に対しても、精神分析的なアプローチでレッスンをすすめており、同じところを何度もミスをする場合などは、無意識に隠れている理由があると思うので、無意識を意識化できるように導いてあげるとミスをしなくなったりする場合もあります。ピアノを弾く場合、指の独立が必要なのですが、子供が母親からの支配を無意識に強く感じている場合、鍵盤から指をあげて弾けないように思います。ミスをすると母親から怒られるからミスをしないようにとの思いからなのでしょう、鍵盤の上を這うような弾き方をします。鍵盤から指を離して間違った音を弾いたら母親から怒られるのでしょうか?反対に、鍵盤を母親に例えれば、子供自身が母親から離れることができていない、離れられないようにも思えます。「私は完璧主義」とおっしゃる方がおりますが、同じようなことが言えるのではないかと思います。もちろん技術的にわからない場合もあると思いますが、初見演奏をする場合は癖のようなものもありますから、顕著に現れます。また、自閉症の子供が「難しい」と言う時は、健常の子供の「難しい」と言っている意味と異なるので、返答を考えなければなりません。自閉症者を教えているピアノの先生は、私以外にもおりますが、精神分析的な観点からピアノのレッスンをしているのは私だけではないかと思います。できれば、お仲間が欲しいですね。精神分析の観点から自閉症者を理解してピアノを教えれば、彼らにわかりやすい教え方が見えてきます。彼らには、私が大切にしている「作曲家の想い」何て言っても理解できないようで、スラーをギリギリまで伸ばしますから休符を書き足してあげないと息継ぎが出来なかったりするのです。でも、私は基本的に作曲家が書かなかったものを書き足すのは作曲家に失礼だと思うので嫌いなのですが、自閉症者を教える時は仕方がないのです。私自身、葛藤があります。意見交換ができるお仲間が欲しいです。東京精神分析サークルでも、ピアノがわかる人が来てくれると嬉しいのですが。もともと私は心で演奏するタイプなので、楽譜にごちゃごちゃ書くのは好きじゃないのです。作曲家の想いを楽譜から読み取れば良いのですから。想いは目に見えないことですから。大学生だった時、オペラ「蝶々夫人」のレッスンを東敦子先生からレッスンを受けた時に、アリア「ある晴れた日」は、最後2点bで伸ばすのですが、「馬鹿は歌えないの」と言われ楽譜に八分休符を書かれました。作曲家の想いをわかりなさいと言うことだったと思います。オペラをわからない人は、何を言っているかわからないでしょうね。精神分析と音楽がわかる仲間が欲しいです。

最近は、いつもと生活のリズムが少々変わっただけで、血圧が多少上がったり下痢を起こしてしまします。昨日は何ともなかったのですが、今日の起床時の血圧は130/77といつもより多少高めです。母親の介護疲れと看病疲れもまだありますから、落ち着けば戻ると思うのですが、歳のせいもあるのかも知れませんね。