私の経験。結城美帆子

私が生まれて初めて死んだ人間を見たのは、小学校の2年生の時でした。当時、私の家は、祖父母と両親と母の3人の妹たちとの7人家族でした。母のすぐ下の看護師をやっていた妹が嫁に行き、出産の為に戻ってきて、家で自宅出産をしたのですが、この時産まれた赤ん坊が、血液型不適合だったみたいで、日赤病院に連れて行ったのですが、翌日亡くなって戻ってきました。学校から帰ってくる途中、ちちにあって「のぶちゃんの赤ちゃん死んだ」と言いました。家に帰ったら、人がいっぱいいて、死んだ赤ちゃんもいて、お線香が上がっていて、私も死んだ赤ちゃんの顔を見てお線香をあげました。母親の信子さんは、真っ赤な長襦袢を着ていました。ずっと泣いてました。小さな棺に亡くなった赤ちゃんを入れて、当家のお墓に土葬しました。小学校2年生の私には、整理がつかないことが多々あったと思います。仕方のないことですが、私の心をケアしてくれる人は誰もおりませんでした。子供を亡くした母親のケアの方が大切ですから仕方ありませんが、人が死ぬと言うことがとても怖いものと思いました。子供が産まれて、産まれた子供が3日後に死んで、唇が紫色になっていました。そして、土を掘って深い穴の中に埋められてしまう。棺の中に入れられて、出てこられないように釘を打ちました。なんとも不思議な光景。小学校2年生の私には、人が産まれて、死んで、棺に入れられて、お墓に埋められるすべてを見て一人で心の整理をするのは困難だったのではないかと想像します。子供を失った信子叔母さんの泣き方悲しみ嘆きは、すごかった。自宅でお通夜もお葬式も行ったので、死んだ赤ちゃんがいた部屋に行くのは怖かった思いがあります。「死」に恐怖を覚えたのでしょうね。死んだらお墓に埋められてしまうのも子供の私にとっては怖かったのではないかと思います。色々なことを勉強して知識を得ると怖くならなくなりましたけどね。当家には、仏壇がありましたし、小さい子供は、大人に言われたことを鵜呑みにしますから、小さい頃は、仏壇の中にご先祖様が本当にいるんだと思ってましたし、お盆になると、帰るところがない人をお客さんとして連れてくるから、お客さんの食事も用意すると言われて用意してました。お寺に入って勉強したり、教会に入って勉強したりしても、わからなかったので、片っ端から哲学書を読んでみました。そして、たどり着いたのがラカンの精神分析でした。今は、死んだ人を物体としか思いません。母は、生前に戒名を頂いていたので、納骨するまでは、戒名を授けて頂いたご住職にご依頼申し上げましたが、納骨の後は、心の中で供養しております。私自身は、仏教徒ではないので、どうもお線香をあげることに抵抗があるのです。でも、母に「アーメン」は嫌」と聞いたら「嫌」と言ったので、先祖代々のお墓に納骨しました。人間死んで残るものは、生き様です。形あるもの、お金や不動産などの資産は、相続になりますから、死んだ人のものではなくなります。想いや心は残ります。人間は、産まれたら死にます。どう生きるかが大切だと思います。仏教のしきたりにのっとって、すべての行事を行っていたら、時間と結構なお金がかかります。そんな時間とお寺さんに支払う多額のお金があるのであれば、ピアノの練習をしたほうが良いと思うし、お寺さんに支払うお金でレッスンを受けに行ったほうが建設的だと思います。供養は、心ですることではないかと思います。だから、私は、母が死んでから、母の好きだったものは、一度も食べておりません。これが、私なりの供養です。母は梨が好きだったので、それも畑で採りたての梨が好きだったので、梨を見ると母を思い出します。私は、生涯に渡り、梨を食べることは無いと思います。