私の目標は、100歳まで仕事を続けてコロッと死ぬことです。結城美帆子

母が亡くなってから、自分の死を考えました。母が亡くなってから、2ヶ月が過ぎ、少しづつ体調も良くなってきたようで、今は、血圧も110/70位と安定しておりますが、母を看病介護している時は、血圧が140/90〜150/100位になっておりまして、夜中も2時間おきくらいに起きなければならなかったですし、入院している時は、病院からいつ電話がかかってくるかドキドキでしたし、ゆっくり寝ることができなかったので、大変でした。看病介護している時は、当たり前ですけどね。でも、このままだと、私がつぶれるかもしれないとも思いました。でも、看病介護している時は、母の主治医は母のことしか考えませんし、私のことは考えてくれませんから、自分の健康は後回しになるのです。実際、母が助かるのなら、自分の命がなくなっても構わないと思ったこともありましたが、相当追い詰められていたのではないかと思います。冷静に考えれば、自分が先に死んだら看病も介護もできないわけですから、あってはいけないことですよ。ぼけずに人様の世話にならずに100歳まで仕事を続けてコロッと死ねるようにするには、相当努力が必要でしょうね。それこそ、続けると言う努力が必要だと思います。人間の体は、食べた物で作られると言われますから、好き嫌いではなく、ぼけずに人様の世話にならずに100歳まで仕事を続けてコロッと死ねる物を食べる必要があります。管理栄養士さんは大切な存在です。私は、体調が良くない時は、管理栄養士さんに相談してアドバイスをいただきます。それと、自分にあった運動をすることも大切なので、昨日、山下式メソッド体幹ストレッチ×トレーニングを体験してきたのです。私は、生きざまが死にざまと考えているので、まだ死んでいませんのでわかりませんが、何も考えないで楽をして生きていたら、何も考えないで楽をして生きてきた死に方になると思うのです。人間は、ある程度の年齢になったら自分の死に方を考えて生きていた方が良いと思います。どう生きて、どう死にたいのかを考えて生きていると良いと思います。私は、介護を受けるのは無理なので、介護を受けなければ生きられない状態が想定される場合は、治療を拒否します。人様の世話にならずに生きられないのであれば、治療を拒否します。母の考えは違っていたのです。母は、福祉に頼ってでも生きていきたいと願っていた人でした。だんだん体が弱ってきて、歩くのもしんどくなってきた時は「歩けなくなったらどうしよう」と申しておりました。でも生前に戒名を頂いておりましたので、全く死を受け入れてなかったわけではないと思います。最後の最後は自らの体で治療を拒否し旅だったのですから、立派な最期でした。