私の平成。結城美帆子

もうすぐ平成が終わりますね。

私の平成は、顧問弁護士に説得されて、帰国して家族で祖母の家に入り、祖母の家の司祭継承をすることに始まりました。

昨年、母を看取りましたが、私にとって、平成は、看取りの時代だったようにも思います。

昨年、母を看取って、司祭継承者から解放された思い出この一年を過ごしてまいりました。

でも、まだあとかたずけは残っておりますが。

介護と仕事と家族の世話と大変でしたが、もし、仕事を辞めてしまっていたら、家族の誰かを看取った時、立ち直れなくなるのではないかと思っていたので、大変でしたが仕事も続けてまいりました。

なので、昨年のお正月に母が亡くなった時も、すぐに、二つのNPO法人の理事をお引き受けしたのです。

ピティナもありましたし、おかげさまで、悲しみにくれる暇もなく、母親の死を乗り越えることができました。

生徒の皆様には感謝しております。

生徒の皆様がレッスンにお越しいただいていたおかげで、今日の私があります。

生きていく上で1番大切なことは、社会との繋がりではないかと思います。

介護は大変ですが、特に徘徊する認知症の介護は大変ですが、介護オンリーになってしまうと、自分自身の社会との繋がりがなくなってしまう場合もあります。

介護をしている時は、ケアマネージャーさんとか、デイサービスの職員さんとか、医療関係者とかの方と繋がりがありますが、亡くなった途端に糸が切れたみたいに繋がりが切れますので、今まで周りにいた人たちが突然一斉にいなくなるのです。

家族を看取るたびに感じました。

すごい空虚感です。

私の家では、すべて家でお通夜も葬式も致しましたので、お通夜の時は、みんなが来ている時は賑やかで良いのですが、お客さんが帰った後が大変なのです。

お客さんが食べたり飲んだりした物の後片付けをしなければなりませんし、夜中じゅうお線香を絶やしてはいけなので、お通夜の日は寝ることができません。

お葬式は、嵐のあとの静けさが来るのです。

この嵐のあとの静けさが精神的に大変なのです。

嵐のあとの静けさを精神的になるべくダメージを少なくするためには、次にやることを用意しておくと、そちらに気が向きますから緩和されます。

私は、毎回そうやって乗り切って参りました。

でも、平成は大変でした。