私のこと。結城美帆子

水曜日に人間ドックの予約をしてから、体調がおもわしくない。何だろうと考えておりましたが、母のことではないかと思いました。母は、7ヶ月の間に4回脳梗塞が再発して、入院治療中に1度脳出血を起こしました。医師も看護師も脳梗塞の再発を気付けなかったのです。気づいたのは全て私なのです。4回目の再発は、入院治療中でした。母の様子がおかしいと何度も訴えたのですが、なかなか聞き入れてもらえず、月曜日から訴えたのですが検査をしたのが木曜日の午後で、手術をしたのが木曜日の夜7時過ぎでした。脳梗塞は時間との勝負と言われるのに、このていたらくは何なのでしょうか?看護師の質が悪すぎます。患者の心の痛みに心を馳せることができていれば、患者の変化に気づけるはずです。医療とは何なのかを考え直して頂きたい。医療を受ける立場の人間としても、医療とは何なのかを考え直さなければならないと思うのです。医療は、完全なものでも、絶対的なものでもないのです。人間には、心があるのです。心を無視した医療は、あってはならないと思います。私が以前勤めていた障害者施設で、頸椎損傷で首から下の感覚が無く動かせない入所者がいたのですが、この方は、虫垂炎だったのですが、発見が遅れた為、腹膜炎も起こしてしまい、人工肛門になってしまいました。管理が届いていなかったことが原因です。でも、家族も本人も何も言いませんでした。虫垂炎は、発熱や吐き気、嘔吐が有りますから、よく見ていれば気づけるはずです。これが、福祉の現場なのです。リハビリ中に骨折した入所者がおりまして、私が救急車に一緒に乗り付き添ったのですが、レントゲンも撮らずにギブスを巻いたのです。そして、そのまま施設に帰ってきました。もし、この方が健常者でお話ができる人だったら、レントゲンを撮って手術をして入院したことでしょう。処置をしている時に、医師に「レントゲンを撮らなくても大丈夫なのですか?」時きましたら、「こう言う人は、しょうがないでしょう。」と言いました。意思疎通ができない障害者は、まともな治療が受けられないと言う現実を突きつけられたのです。人間の悲しい現実を見てしまいました。私は、心ない人はダメなのです。心ない人たちと一緒にいるとストレスになるようで、胃が痛くなるのです。そして、消化(昇華)できず下痢を起こしてしまうのです。長所でも有り短所でも有ると思いますが、私はすぐに感情移入してしまいます。無意識に相手の言動からその人の心の中を想像してしまうのです。若い頃は、相手と距離が保つことができなかったので、巻き込まれることも有りましたが、今は距離を保てますので、巻き込まれることは無くなりました。ピアノを教えている時も、たえず生徒さんの心の中を覗いております。意識して覗いているわけではないので、しょうがないです。ピアノの音は、心を映し出してくれるのです。だから、演奏を聴くと心の中が想像できるようになるのです。声も、同じなのです。心に重荷を抱えていると、重い声になり、詰まった感じの声になります。ピアノも歌も、その人の生き方が現れるのです。ピアノも歌も、私にとっては魂そのものなのです。