理想の死に方とは。結城美帆子

昨日レッスンにお越しになった生徒さんが「私は、余命3ヶ月とか言われて癌で死ぬのがいいな。なるべくみんなに迷惑をかけたくないから。親戚の〇〇は、余命3ヶ月と言われたけど、1年生きられたの。」と、おっしゃっておりました。私も以前は、癌で余命を宣告されて死ぬ方が、あとかたずけができるからいいかなと思っていたこともありましたが、もし本当に自分の余命があと何日とわかったら、私の精神は耐えられないだろうなと思いました。人間「無知の知」で、わからない幸せと言うことがあると思うのです。医者は、余命なんてわからないですよ。統計学的なことから、あと3ヶ月くらいでしょうとは言うかも知れませんが、もし、3ヶ月と言われて、一年も生きられたら「得をした」って思いませんか?医者の患者や家族に対しての思いやりですよ。誰も自分がいつ死ぬかなんてわからないから生きていられるのではないかな。だから、「看取りの医者」は嫌い。あえて、看取り何て言わなくても、人間必ず死んで行くのですから。癌だろうが、ボケだろうが、死んで行くのです。何歳まで生きたいか何てことも考えたこともありましたが、死ぬ時まで生きれば良いのです。いつまで生きられるかなんて、誰もわかりませんから。私は、follow upで一年に一度有明癌研病院に行きますが、「今日、お目にかかった人の中には、来年生きていない人もたくさんいるだろうな」とか思います。数年前に、バイオリンニストの千住真理子さんとお母様をレストランでお見かけして、間もなくでしたお母様が胃癌でお亡くなりになられたと知ったのは。死ぬ時まで、一生懸命生きればいいんじゃないかな。癌研病院に通い始めて10年以上になりましたが、おかげさまでまだ生かされております。私が癌研病院に通い始めたのは、癌研病院が大塚にあった時からですから、けっこうな月日が経ちましたが、元気に仕事ができております。癌研病院は、主治医制なので、主治医が決まれば、主治医が病院を辞めるまで主治医は変わらないので、私の主治医も同じ医師です。今は、5年だか7年が過ぎると主治医ではなく、担当制になるようなのですが、私は同じ医師が診てくれております。癌の告知はショックでしたけど、この時も、母の介護の時と同様に、精神分析をバイブルに乗り越えることができました。不摂生をしていて生活習慣病になって、生活習慣病からの合併症で死ぬのは愚かだと思いますが、どんなに注意をしていても感染症にかかったり、事故にあうこともあるでしょうし、病気になる場合もあるから、それはしょうがないことです。何があっても、すべてを受け入れることができる精神力があれば、平穏な日々を送ることができます。癌の告知を受けたことは、家族にも母にも言いませんでした。治ってから言いました。当時は年間40回レッスンでしたので、生徒の皆様にもご迷惑をかけずに入院治療退院ができました。私が年間48回レッスンにしたのは、病気をしたからです。一度大きな病気をすると、健康のありがたさがわかります。一度大きな病気をすると、健康に気をつけようと思うようになり、信頼できるかかりつけ医を持ち、言われた通りに健診を受けております。かけたに先生には「僕が診ているのに死なれては困る」と言われました。有難いお言葉です。