特攻隊で死んで行った人たちの想いとは。結城美帆子

人は、国の命令だからと言って死ねるのか疑問でしたが、愛する家族を守るためだったら自分の命を捧げることもできるかな、と思いました。昨日まで、特攻隊で死んで行った人たちの気持ちがわかりませんでした。でも、昨日の母の苦しみを観ていて、もしかして、愛する妻や子、親を敵国から守るためだったら死ねたかな、と思えました。愛と音楽は神様からの最大の贈り物です。人間は、愛する人のために、自分の命をも落とせるのです。作家の故渡辺淳一氏が、病気で死を待っているだけの子供に、「代わってやれるものなら代わってやりたい」と言う親がいるが、現実的に代われないことを知っているから入っているだけだ」と著書の中に書いてありましたが、人間てそんなものではないと思います。特に、母親の愛とはそんなものではないと思います。確かに私の教室にも「子供のために生きているわけではないので」と言っていたお母さんもおりましたが、このお母さんは、おそらく、お母さん自身が母親から愛情を注いでもらえたと言う自覚を持てないで子供を産んでしまったのでしょう。お母さん自身の愛情の欠落でしょう。愛と憎しみは裏と表ですからね。愛された経験がない人は、愛することが出来ないとも言われます。精神分析では、親との関係で、去勢コンプレックスやエディプスコンプレックスなどを経験し大人へと成長して行くようです。どこかでつまづき解消されないままでいると、神経症的な症状が現れるようです。母が入院している病院の看護師やリハビリの人達を観察していると、親子関係が想像出来て面白いです。医師について言えば、今の年代の医師は、医師になるために親の協力を得られた人たちでしょうから、医師になれたと言うことでコンプレックスは解消されているように思います。ただし、勉強以外のことはやらなくても良いと言う守られた環境に育ってきたと想像しますので、患者の心の痛みを理解するのは無理でしょう。自覚は無いと思いますが。患者の心の痛みがわかる医者かどうかは、どのような医者のもとで勉強をしたかでしょう。良い指導者のもとで勉強をした人は、良い医者になるでしょう。よって、自分に合うかかりつけ医を見つけるには、どこでどのような指導者のもとで勉強をしてきた医者なのかが見極めの一つになるでしょうね。看護師もピアノの先生も同じことが言えます。ピアノの先生も指導者からの影響は大きいです。

主治医に痰吸引のことを申し上げましたら、「誤嚥性肺炎で辛い思いをしてもいいんですか」と言われました。生命維持だけが目的でよろしいのでしょうか?脳細胞が壊れて食べる意欲が無くなったらそれでいいんじゃ無いですか?人間て自分のためにだけは生きられないのでは無いかと思うのです。愛する誰かのために一生懸命に生きようとするのではないでしょうか?母には、私のために食べて欲しいと願っていますが、母の気持ちを呼び戻すには時が経ち過ぎたように思います。せめて1ヶ月くらいであれば呼び戻すことが出来たかもしれません。私が転院を申し上げてからは、車椅子に移乗することもなくなりました。もう少し患者に寄り添って考えることは出来ないでしょうか?失語症で意思の疎通も出来ないからわからないと医師も看護師も言いますが、動物は喋れませんが獣医師は治療をして治してくれますよ。私の愛犬達がお世話になっていた赤坂動物病院の獣医師さん達は、一度で採血が出来ましたし点滴も一度で入れられましたよ。人間のお医者様達、頑張ってください。現在、赤坂動物病院の総院長の柴内裕子先生には、ひとかたならぬお世話になり、おかげで、愛犬が亡くなった時も、ペットロス症候群などにならずにすみました。