津久井やまゆり園事件について考えること。結城美帆子

精神を病んだ人による障害者無差別殺傷事件ではないかと思います。

植松聖被告人の心の闇が原因ではないかと思います。

健常者であれば、たとえ心で思っても実行せず抑制可能なことが、植松聖被告は抑制できなかった。

心の中で思うことは自由です。

なぜ、人格障害者が生まれるのか?

特に、境界型人格障害の治療は困難と言われております。

人格障害は、責任能力有りと判断され、状況によっては死刑が言い渡されます。

これで良いのでしょうか?

これで、みんなが安心して暮らせる社会が維持できるのでしょうか?

これで、みんなが救われるのでしょうか?

私は、そうは思わない。

もっと現実を見るべき。

もっと自分の気持ちに素直になったほうが良い。

新型コロナウイルスで学校が休校になって親たちが言っている言葉を聞くとヘドが出ます。

「学校が休校になってしまったから、一日中子供の世話に追われていて大変」とか、

「1日3食食べさせなければならないので食費がかさんで大変」とか、

我が子の食事を作れることって幸せなことじゃないですか?

栄養のある美味しいものを食べさせたいと思うのが親心ではないのでしょうか?

私は障害者施設で介護の仕事をした経験がありますが、施設側から言わないと面会に来ない親が多かったです。

障害者が置かれている現実をもっと見て欲しいと思います。

特に、意思疎通が困難な障害者の現実をもっと見て現実を知って欲しいと思います。

意思疎通が困難な障害者の介護は、親が担うにしろ、施設の職員が担うにしろ、きれいごとでは言えないことです。

「人間の生きる意味とは何なのか」「人間とは何なのか」「人間の尊厳とは何なのか」「生きるとは」ということを深く考えさせられた事件でした。