水戸第三高等学校音楽科主催の「茨城県下児童生徒音楽会」の思い出。結城美帆子

小学生と中学生のピアノやバイオリン・声楽などを勉強している子供達に演奏の場を与えたいと、水戸第三高等学校音楽科初代主任教諭の小方弘先生が始めた音楽会です。私も参加しておりました。毎年、すべての演奏が終了すると、小方弘先生が舞台に上がられて、演奏者一人一人に講評をしてくださるのです。音楽会に参加しているほとんどの生徒が、水戸第三高等学校音楽科を受験したと思います。私もその一人です。なので、中学3年生は、受験で弾く曲を演奏する人が多かったように思います。水戸第三高等学校音楽科の当時は吉水利子先生も秋山千賀子先生も皆ボランティアだったと思います。受付や舞台裏は水戸第三高等学校音楽科の生徒が行っておりました。参加費は、私が参加していた時は、5,00円でしたから、茨城県水戸文化センターショーホールの会場費とプログラムの印刷料程度だったと思います。小方先生も吉水先生も秋山先生も、心から茨城県からピアニストやバイオリン二スト・声楽家など演奏家を育てたかったのだと思います。私が子供の頃は、音楽の先生方は、合唱を指導していた先生方も、皆ボランティアだったと思います。茨城県の小中学校の校歌を数多く作曲され、戦後、石岡市に「いばら混声合唱団」を立ち上げた細谷一郎先生も茨城県の音楽に貢献されたと思います。私も指導を受けました。戦争中、お父様のご実家の小川町(現在は小美玉市)に疎開していた丸山徳子先生も、茨城県南の音楽の先生をたくさん育てたと思います。以前、茨城県南で音楽の先生をしていて丸山徳子先生を知らない人は、もぐりだとまで言われていた時もありました。今は、合唱団の指導でも、合唱団のピアノの伴奏者でも、報酬を受け取るようですが、私が子供の頃は、皆ボランティアだったと思います。コンクールも、コンクールビジネスとまで言われておりますからね。私も、私が教えを受けた先生方を見習って、つくば市主催の音楽会に生徒が参加する時は、当日の指導料は、頂いておりませんが、合唱団のピアノの伴奏者や指揮者のほとんどの方は報酬を頂いているようです。著作権法では、入場料が無料でも、指揮者やピアノの伴奏者にお礼を渡すのは報酬になり、金銭のやりとりがあると、日本著作権協会に著作料を支払わなければならなくなるはずなのですが、日本著作権協会に聞いたところ、支払われていないのです。真面目に法律を守って指導料の報酬を頂かない私が馬鹿なのでしょうか?茨城県下児童生徒音楽会もコンクールも、私が子供の頃は、自分から参加したいと言って参加するのではなく、先生に「参加してみない」と言われて参加するものでした。もちろん、先生から言われて「参加しません」なんて言うことは言えません。そんなこと言ったら破門されます。今のように、情報を誰もがインターネットで見られる時代ではなく、まず先生に情報が来ますから、人脈のある先生にレッスンを受けていないと、コンクールに参加などあり得ない時代でした。コンクールも演奏の仕事も、突然に先生から言われますから、いつ言われても大丈夫にように準備はしておりました。学生の時でしたが、東敦子先生からは、「いつでも演奏できるように、普段からワンピースを着てパンプスを履きなさい」と言われました。

恩師から頂いた言葉……水戸第三高等学校音楽科初代主任の小方弘先生より「あなたは、音楽の伝導者のなるでしょう。」……東京音楽大学教授だった東敦子先生より「あなたは、いずれ私と同じソプラノリリコスピントになるでしょう。あなたから音楽を奪うことは親であってもできない。私は、あなたに、けして無理なことはさせてません。鉄は、熱いうちに打てと言うでしょう。」……丸山徳子先生より「あなたには、天分があるのよ。」……先生方からの言葉を胸に、音楽の楽しさと喜びを伝えて行く所存です。