母を介護して学んだこと。結城美帆子

1年間に4度脳梗塞を再発し、一度はヘパリンの副作用で脳出血を起こした母を介護して、たくさんのことを学びました。先日、土地の名義変更をお願いするために20年お世話になっている司法書士の先生の事務所へ行った時、先生から「自分が死ぬ時のことを考えておかなきゃな。」と言う話が出て、延命治療の話とかもありました。母は最期は看護師も医師も技術が無いのか下手くそなのかわかりませんが血管に針がさせなくて治療ができなくなり亡くなりました。私は、母の小脳梗塞を見逃した筑波メディカルセンター病院・1ヶ月にわたり母のCRPが20まで上昇しても原因を突き止めることが出来なかった筑波記念病院・そして入院中に脳梗塞が再発していて私が回診の医師に訴えたにもかかわらず見逃した筑波大学附属病院、違う患者の名前が書いてある容器から母に栄養剤を注入した筑波大学附属病院には、たとえ救急であっても受診するつもりはありません。私も採血の時は7回8回針を刺され、あげく採血ができずに返されたクリニックもありましたので、救急病院へ運ばれるようなことになったら死ぬだろうなと思っておりますし、その時は死んでも構わないと思っております。国立系の病院で医師が静脈注射をしていた頃(以前は、法律で静脈注射は看護師では無く医師しかできなかったのです)は、採血ができないとか、静脈注射ができないということはなかったのですが。だから、私は延命も何も無く死ぬと思います。実は、先週の火曜日に先月オーダーメイドの人間ドックを受けたクリニックから電話があり「病理の結果がでましたので今日これから病院にお越し頂けますか」と言われ、「今日と言うことは、何かあったと言うことですね」と申し上げましたら、そのようなお返事でしたので、生徒さんには申し訳なかったのですが、レッスンをお休みにさせて頂き病院へ行きました。医師は、紹介状も書いてくださっていたのですが、私が「行かなければ駄目ですか?」と聞くと、医師は「そう言うと思ってましたよ。病院で相当嫌な経験があるんでしょ。わかった、うちで診るよ、うちは失敗しないから」と言ってくださいました。名前は言っちゃ駄目だよと言われているのでブログに名前は書けないのですが、「岡部先生のところと、うちに来ていれば大丈夫、岡部先生のところで採血が出来ない時は、うちでしてあげるよ、うちは失敗しないから」と言われました。どんなに気をつけていても病気になる時は病気になりますから、その時はその時に考えればいいと思っております。自分で信頼した医師にお世話になっていて死ぬのは構わないと思ってます。手術が必要になった時は、紹介された病院の紹介された医師のところへ行きますよ。今回は、病理検査で1〜2の間と言われ、3・4だったら直ぐに紹介された聖路加国際病院へ行きましたが、経過観察でいいかなと思ったのです。ちなみに、4は明らかに癌細胞だそうで、3は微妙なのだそうです。ドックを受けたクリニックの先生も「毎年うちに来てくれればいいです。うちで診ていきます。」と言ってくださいました。私はどんな死に方をしたいかについては、野垂死にが理想です。動けなくなって、母のように、いじくりこんにゃくにされるのは私は耐えられない。死んだら何もわからないと思うからどうでもいいと思います。生きている時を悔いの無いように一生懸命に生きることが出来れば良いのではないかと思います。母のことでは後悔もありますが、しかたがありません。何故なら、病院を選んだのは私ですから。私を苦しめた人たちに仕返しをしたい気持ちもあるのですが、それでは悲しい生涯になってしまうと思うので、残りの人生みんなを幸せにできるような仕事をして、この世を立ち去りたいと思います。