母の2回目の命日

老老介護という言葉があるが、母を介護できるギリギリの年齢だったかなとも思う。

人間どんなに頑張っても、最後は介護が必要になる。

亡き日野原重明先生も、一人で生活ができていたわけではないですし、瀬戸内寂聴さんにしても秘書の方がいるから家で生活ができているのではなかろうか?

公的な介護保険を使わないからといって、介護を受けていないということではない。

尊厳ある死ができる人は、ボケない人ではないかと思う。

ボケなくても、高齢になれば出来なくなることもあるであろうから、手伝って頂かなければならないことも出てくるであろう。

介護という言葉は、介護福祉士が国家資格になった時は広辞苑になかったのです。

「介護を受けて死にたくない」という話をよく聞きますが、死期が近づくと誰しも介護は必要になるかもしれませんね。

介護を受ける事と、介護保険を使って介護を受ける事は、違うように思う。

介護施設に入居するという事は、仕事をしなくても生きていけるわけですから、仕事の喜びがなくなるわけですから、死を待つだけのように思います。

生きるって何なのでしょう。

私は、仕事をせずに死ぬのを待つだけの日々を送るなんて、死刑執行を待つ死刑囚のような気がして、耐えられそうにない。

人間は、どんな状態になっても一筋の光明があるから生きていけるのではないかと思う。

病院は、良くなるか死ぬかだから耐えられる。

もし、何もやることが無くなり、食べて排泄を繰り返すだけで生きていかなければならなくなったら、今の私の精神力では生きられる自信は無い。

この先、人間的に成長することができれば考え方も成長するかもしれませんが、、、、

出来ることなら、人生の最期は緩和ケア病棟で死にたいな。

あまいかな。

療養病院では無く、緩和ケア病院がもっと出来ることを望みます。

母を介護した経験から思ったことです。

逝かせ方も医療ではないかと思うのは、私だけでしょうか?

私は、最期は逝かせ方が上手なお医者様にお世話になりたいと願っております。