母の在宅医をせせらぎクリニックからつくば在宅クリニックへ変更した理由。結城美帆子

母の在宅医をせせらぎクリニックの清水医師からからつくば在宅クリニックの渡辺医師に変更した理由は、清水医師にはじめてお会いした時、清水医師の考えからを知るために色々質問をさせていただきましたが、清水医師は患者さんに「共感はできる」と言われたので、私とは合わないと思い、一回きりでやめさせていただきました。私は、共感なんてできないと思っているのです。なぜなら、違う立場の人の気持ちがわかるはずありませんし、同じ経験者同士でも環境が違えば思いも違うと思います。臨床心理士やカウンセラーは、「患者クライアントに共感的態度」を言われるようですが、雅子妃殿下に主治医の大野さんは共感できるでしょうか?本来、将来、皇后陛下になられる人が「適応障害」で精神科医の、それも認知行動療法ではトップの精神科医の治療を受けていることに違和感がありますが。私は、「大変なお仕事なのだろうな、お辛いだろうな」と想いを馳せることはできますが、おそれおおくて共感などできるはずがございません。でも、雅子様は、ご自身で選ばれた道なのですから精神科医の大野ドクターとのホットラインなどに頼らず、皇太子様を頼られて頑張って欲しいと一人の日本国民として願います。今上天皇陛下も美智子皇后陛下も頑張られてきたのですから、頑張って欲しい。本当に頑張っている人は、他者からの共感なんて望んでいないのではないでしょうか?私は、「共感しますとか、共感しました」なんて言われると気持ちが悪いです。なぜなら、人間は、みんな違うから。大切なのは、共感では無く、認め合う事なのではないかと思うのです。自分と考え方が違っても、むしろ違いのが当たり前だと思いますが、相手の頑張りを否定する事無く認め合う事なのではないかと思うのです。それが、心に余裕がなくなると、相手を否定するようになってしまうのです。母の闘病中介護をしている時の私はそうでした。医師も看護師も一生懸命やってくださっていると思ってはいるけど、「なぜ嘔吐したのがわからなかったの?なぜ母の栄養剤注入の容器に違う人の名前が書いてあるの?なぜなぜ、、、、」私は、こんなに頑張っているのにあなた方は、、、、、みたいになっておりました。今は、母を救えなかった事、自分の力の無さに打ちひしがれております。人の事をどうこう言えるような人間ではないです。今は、ただ、できる事をやっていこうと思っておりますので、宜しくお願い致します。