母と祖母に感謝していること

色々教えてくれて、社会人として恥ずかしくない躾をしてくれた母と祖母に感謝をしております。

子供の頃や若い頃は、さほど思いませんでしたが、歳を重ねるごとに有り難みを感じるようになりました。

私の家は、礼儀作法や、お金についての躾は厳しかったと思います。

「思います」としか言えないのは、他の家の躾がわからないからです。

学生の時、舞台稽古が長引き、急遽、教授の家に泊めて頂くことになり、家に連絡をするのに、当時は携帯電話なんてありませんでしたので、お電話をお借りしたのですが、電話は通話料がかかりますし、かと言って、通話料を手渡しでお支払いするのも失礼いですので、料金は着信側が支払うコレクトコールで家にかけました。

そのことをお褒め頂いたのかどうかはわかりませんが、教授の奥様が「親御さんからきちんとした躾をされているお嬢様なのね」と、言っていたと、翌日、教授に言われました。

家庭の躾って、何気ない所作や対応に出るのでしょうね。

大人になってからも、色々なところで、自分が褒められる時は、必ずと言っていいほど親が褒められるという経験をたくさんしました。

親から受け継ぐことって、こういうことなのかもしれませんね。

お金では買えないもの、これが本当の親の愛情なんだなと気づいたのは、ずっと歳を重ねてからのことです。

体に染みついているのです。

礼儀作法や言葉使い、約束を守ること、守れない約束はしないこと、相手を待たせることはしないこと、約束の時間には送れないこと、約束の5分前には到着しておくこと、相手の時間を無駄にしないこと、感謝の気持ちを忘れないこと、朝起きたら顔を洗い髪を整えること。

玄関で靴を揃えて上がること、食事中は喋らないこと、バスや電車の中でも喋らないこと、子供の時は言われました。

訪問先でお菓子を出されても、すぐに手を出していただいてはいけない、同伴の大人が「いただきない」と言ったら「いただきます」と言っていただき、「ごちそうさまでした」ということ、と子供の時は言われました。

親と祖母から躾られたことは、非常に役に立っており、感謝をしております。

昔は、女の子は、嫁に行く立場でしたから、嫁に出す時に恥ずかしくないようにとしつけたのではないかと思います。

結婚は、家と家ですから、嫁が何もできないと「あなたのお母様はどんな躾をなさったのかしら」なんて言われたり「お里が知れるわね」なんて言われたのです。

ピアノを習わせるのも、花嫁道具の一つだったのです。

「嫁に出すのに、恥ずかしくない人間に育てる」が娘を育てる要素だったように思います。

私は、高校から音楽高校でしたし、生徒は専門的に学ぶ人たちがほとんどの先生にレッスンを受けていたので、親御さんを見ても今とは違います。

みんながピアノを学び音楽を楽しめるようになったのは良いことですが、ピアノのレッスンの価値は下げたくないと思います。

ピアノのレッスンの価値とは、技術的な習得だけではなく、教養豊かな人間に育てるということなのではないかと思います。

教養の中には、他者を思いやる気持ちも入ってます。

人間として、良い生き方を学ぶことがピアノを習う価値ではないかと思います。