生徒の皆様へ、お知らせ。結城美帆子

色々な関係でお知らせするのが遅くなりましたが、新年早々に母が亡くなりました。つきましては、これまで、お月謝を教室の口座にお振り込みいただいておりました方は、口座が本日から使えなくなりましたので、最終レッスン日に翌月分のお月謝を私に直接お渡しくださいますようお願い致します。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い致します。

母の介護を始めてから約1年6ヶ月でしたが、生徒の皆様には過大なご迷惑をおかけしました。ここに、心からお詫び申し上げます。仕事をしながらでも介護はできると思って頑張っておりましたが、その頑張りが、生徒の皆様に努力の強要になっていたのではないかと反省をしております。9月に入ってからは、医師から「延命治療は望まない」と言う書類にサインを求め続けられるごとに、寝たきりになっても生きる権利はあるのではないかと主張してきました。それで、ホームページにも「生存権」なんてわけのわからないことを書いてしまいました。入院中、様子がおかしいので医師に尋ねると「じゃ、他へ行ってください」みたいなことを言われましたので、言いたいことも言えず苦しい思いをしました。入院中に脳梗塞が再発した時は、木曜日の夜に血栓回収療法を受けましたが、同じ週の月曜日から様子がおかしかったので医師に申し上げたのですが「必要があれば薬を処方しますから」と言われて検査をしてもらえなかったのです。もし、月曜日に血栓回収療法をしてれば助かったのではないかと悔やんでます。医師も看護師も忙しいのはわかりますが、喋るのが不自由になって意思の疎通が困難な患者でも一生懸命に生きている人間を相手に仕事をしているのではないですか?「こうなっちゃうとわからないからね」と何度医師たちに言われたことか、「治療してもしょうがないから家に連れて帰ってください」と言わんばかりの言動でした。最終的に、母は自らの意思で逝ったように思います。私はまだ「延命治療は拒否します」の書類にサインをできないでおりましたが、亡くなったには、両腕両足どこからも静脈がとれず朝から点滴ができない状態で、経鼻菅栄養も吐いてしまうので入れられない状態だったようですので、精神分析で言うならばリビドーが停止したと言うことだと思いましたし、母は自ら逝くことを望んだのではないかと思いましたので「中心静脈」は、やらなくてけっこうですと申し上げました。それから間もなく旅立ちました。母は、私のことを思って逝ってくれたような気がします。12月28日には、退院前カンファレンスも行って、11日か12日頃退院の予定だったのですが、日曜日に行っていたデイサービスから断りの電話があったり、19時まで利用できていたデイサービスから16時30分までと言われたので、正直仕事をしながらの介護は難しいかなと悩んでいたら翌日逝ってしまいました。もう言葉がでません。元気な時は、毎日デイサービスを利用しておりましたのでお昼はデイサービスで食べてきましたが、朝食と夕食は毎回ご飯を炊いておりました。お布団は、いつも寝る前に布団乾燥機で温めておき温かい状態で寝れるようにしておりました。母を介護することができ本当に幸せでした。

これからは、以前に増して生徒の皆様が音楽で幸せになれるように、精進しレッスンをさせていただく所存でございますので、よろしくお願い致します。