来週の日曜日にピティナピアノコンペティション地区予選を受ける生徒のレッスン。結城美帆子

当教室では、保護者の負担を考えて、地区本選を目指す生徒は、成功報酬で頂くようにしておりますので、生徒が目標を達成できなかった場合は、無報酬にレッスンを行うためにかかる光熱費も私が負担することになるので、レッスンをすればするほど私の負担金額が増えます。

この生徒は、来週と、もし来週通過できなかった場合のことを考えて7月に別の会場を申し込んであるのですが、来週通過する意気込みがなければ通過するのは難しいと思うのですが、生徒本人は、2回受けるといいます。

どうして二回受けたいのかと聞くと「どっちも通過したいから」と言います。

私は、死ぬ気で頑張って欲しいと思って言っているのですが、どうも通じないようでした。

ピティナピアノコンペティションの地区予選を通過するのって、すっごく大変なのですが、本人は通過したいとは思っているようですが、通過するためには何をしなければならないかがわかっていないように思います。

欲しいものを得るためには、何かを差し出さなければ得られないのですが、精神分析でいうならば去勢を免れているといいますか、去勢されていないのです。

大人の世界であるならば、欲しいものがあればお金を支払って買います。

買えるだけのお金がなければ買うのを我慢するか盗むかですが、盗むと警察に捕まり自由を無くすことになります。

子供に精神分析心理療法を行う場合、子供はお金を支払うことはできませんので、お金に代わる象徴的なもので支払わせたりするのです。

ピアノのレッスンは、心理療法ではありませんが、教えを受けることは、けして無料ではないので、自分がレッスンを受けるということは、レッスンを受ける責任を負わなければレッスンの成果は得られないのです。

やるべきことをやらなければ成果は得られないのです。

人間がしゃべる言葉『言語』には意味があるのです。

オームは人間の言葉を真似をしてまるで言葉をしゃべっているように思いますが、オームがしゃべる言葉には意味はありませんので『言語』ではないのです。

お子様を、言語の世界へ導いてあげましょう。