昨日のレッスンで。結城美帆子

小学一年生の女の子のレッスン。

メトードローズの下巻をレッスンしてます。

第5課に入り壁にぶつかりました。

6度の課題が出てくるところです。

今までは、指を動かすだけで出したい音が出せたのですが、ここからは指を広げるという『操作』をしないと出したい音が出せないのです。

何に音かを読んで、何番の指で弾くのかを見て、指使いが書いていないところは考えて、定位置で弾けるのか広げるのかを考えて、音価を考えて、それも全て瞬時に考えて判断して操作の繰り返しでピアノは弾いていくので、ピアノを弾くということは、すごく大変なことなのです。

昨日の生徒さんは、「この曲はみんな難しいと思う曲なの。弾けるように頑張る?それとも弾かないで先へ進みたい?どうしたい?」と聞きましたら「先へ進む」とお返事がありました。

私は、ピアノが弾けるように教えることはできるのですが、壁にぶつかった時に乗り越えるかスルーするかは各家庭の教育方針にもよると思うので、お家で本人と親御さんでお話し合いをして頂いております。

個人的なことを申し上げれば、世の中にはたくさんの壁がありますし、スルーしたくてもスルーできない壁もあると思うので、耐えることも教えたほうがよろしいかとは思います。

痛いからといって、予防注射をしなかったらどうでしょうか?

病気になった時、薬を飲みたくないからといって飲まなかったらどうなるでしょうか?

手術しか助かる方法がないと言われた時、嫌がっているからと手術を受けさせなかったらどうなるでしょうか?死にます。

子供であっても、耐えることの大切さを教え、なぜ耐えなければならないのかを教え、耐えるとどんな良いことが得られ、耐えないとどうなってしまうのかを本人がわかる言葉でわかるように教えたほうがよろしいのではないかと思います。

なぜ耐えなければいけないのか?一番の理由は命を守るためではないかと思います。

普段から耐えることができていないと、いざという時に命を守ることができないかもしれません。

今、千葉県にお住いの方々は、電気も水も無いエアコンも無い生活に耐えていると思います。

精神的に耐えることができても、身体が耐えられない人は熱中症でお亡くなりになったり、人工呼吸器やたん吸引をしている人もお亡くなりになった人もいるようですね。

自然の中で生活ができる身体にしておくことも大切なのではないでしょうか?

生きるとは、どういうことなのか?

自然に生きられなくなったら神の御手に委ねてもいいと考えております。

人工呼吸器や吸引機、エアコンが無ければ生きられない身体であるならば、それはもう神の御手に委ねてもいいと思います。

私はこれまで身内を看取って参りましたが、人工呼吸器は一人もつけませんでした。

私が最初に看取ったには一緒に住んでいた祖父を自宅で看取りましたが、最後に倒れてから一週間くらいで旅立ちましたが、点滴もせず、バルーンを入れることもなかったとで、亡骸は浮腫みもなくとてもきれいでした。

祖父を自宅で看取って「人間は、自然に死を迎えるときれいに逝けるんだな」と思いました。