新型コロナウイルスは生き方を考えるきっかけになっているのではないか?

新型コロナウイルスは、みんながこれまでの生き方を考えるきっかけを与えてくれたのではないでしょうか?

終息までには、まだ時間が掛かると思うけど、わかってきたこともあるのではないでしょうか?

私も、新型コロナウイルスで考えを改めたことがあります。

その一つは、新型コロナウイルスの前は、祖母や母を介護している時に医師に求めていたのは、的確な診断と的確な治療でしたが、新型コロナウイルスで、間違っていたことに気付くことができました。

新型コロナウイルスのように未知のウイルスの場合は、わからないのですから、正しい診断ができるわけないです。

わからないのは、新型コロナウイルスだけではないでしょう。

医師に求めるものは「正しい診断」ではなく、「正しい判断」なのではないでしょうか?

新型コロナウイルスで言えば、最初の頃は無症状の人は検査ができなかったわけですから、おそらく正しい診断は困難ではなかったでしょうか?

その時、重要だったのは、この患者は家に帰宅させても大丈夫か、それても入院して経過を見たほうが良いのではなかろうか、など医師の判断なのではないでしょうか?

診断が出来ない疾患は、新型コロナウイルスではないでしょうから、経過観察をするにしても、医師の想像力と判断が重要なのでしょうね。

正しい判断をする為には、知識と経験と想像力が重要ではないでしょうか?

ピアノの指導も同じで、知識が無いと話になりませんが、経験から得られることも多くあり、知識と経験を屈して想像力を働かせながら、生徒さんの一歩先を想像し導いていくことが重要なのです。

新型コロナウイルスは、人と人の接触を無くしますから、何らかの支援を受けて生活をしている人や支援を生業にしている人たちは、考えることが多いでしょうね。

昨日、感染者が確認された都立松沢病院は精神科の病院です。

介護施設や精神病院などでクラスターが発生しているようですね。

何を意味しているのでしょうか?

考えることが、たくさんありますね。

障害者が多数入所されていた山ゆり園で多くの人の命を奪った植松聖氏に死刑判決が出ましたが、人間に殺されるか、新型コロナウイルスで殺されるか、、、、、、

新型コロナウイルスで命を落とされているのは、介護施設に入所していた高齢者や病院の療養病棟に入院されていた方が多いようです。

これは、何を意味するのでしょうか?

新型コロナウイルスは、生きることの意味を改めて問われているようにも思います。

人間が試されているように思います。

利己主義では生き残れない、お互いに相手のことを思って行動しないと、人間は新型コロナウイルスに滅ぼされてしまう。

ピアノの業界も、コンクールが増えて、人間を競わせている。

時には競争も必要と思うが、音楽に重要なことが失われかけそうになっていたように思っていたので良かった。

コンクールも受験も一番になれるのは1人で、合格できる人数は決まっているわけだから、他者を蹴落とさなければ自分の目標を達成することは出来ないのです。

競争でのし上がった人には気高さがないような気がする。

演奏家には、技術も大事だが、気品とにじみ出る気高さも重要です。

昔の演奏家は、気高さが漂っていた。

みんなが幸せに生きられる世の中を目指しましょう。

相手を思う気持ち、思いやりを育てましょう。

思いやりの気持ちがあれば、新型コロナウイルスに感染させることもないでしょうし感染することもないと思います。

そろそろ平穏な心を取り戻しましょう。