新型コロナウイルスで変わるであろうと私が勝手に想像すること。

余裕を持った社会になるような気がします。

今までは、利益を上げる為に収益を上げる為に考えられてきたように思うのですが、密を避けて利益を上げること収益を上げることを考えるようになると思うので、飛行機のエコノミー座席が無くなったり、電車も指定席が当たり前になったり、対面での販売は会員制で予約になったり、今までだったらちょっと贅沢かなと思われていたことが、普通の生活になるような気がします。

ただ、経営の観点から言えば、一人あたりの単価を上げなければ経営が成り立たなくなるでしょうから、物価が上がるでしょうね。

政府が何とかしないと、持つ者と持たぬ者の格差がますます広がっていくでしょうね。

それこそ、農地解放のような、財閥解体のような、大胆な政策をとらないとやばいかもしれませんね。

新型コロナウイルスで、国が生活費や家賃を補助するとか言ってますが、全ての国民が生活費や家賃を補助してもらわなければやっていけないということではないと思うのです。

クリニックを経営しているお医者様でも、テナントを借りて経営している人もいれば、自社ビルを建てて経営している人もいるわけですが、保険診療であれば入ってくる診療報酬は同じなので、家賃の支払いがあるかないかは大きいのではないでしょうか。

今までは、自民党の支持母体がお金がある人たちだったから、お金がある人たちに有利に政治が動いていたような気もします。

連合さんには、もっと、働く人たちの味方になって欲しいと思います。

最近は、連合さんと経営側がくっついているような気がしておりました。

自由経済を政府に止められている状態で、なぜ、連合さんは何も言わず黙っているのでしょうか?

経団連は、発しているようですけど、連合がおとなしいのが不思議です。

平成時代は、春闘も無くなっておりましたし、雇われて働く人の立場が弱くなる一方ではなかったでしょうか?

経営者のトップと、働く人のトップが、手を結んでしまったら、雇われて働く人の権利を守る人がいなくなってしまう。

雇われて働いている人は、まるで、奴隷のように働くしかなくなるのではないでしょうか?

頑張った人じゃなければ豊かな生活を手に入れられない社会になっていたような気がします。

豊かな生活を手に入れる為に、食いっぱくれないであろう職業に就かせる為に、親は子供に勉強をさせる。

親の期待に応えようと子供は必死で頑張るが、頑張りきれなくなってチック症状やパニック障害を発症し、精神を病んでしまう子供も出てくる。

ピアノにしても、親子二人三脚で頑張った結果コンペティションで金賞を受賞できたということを耳にしますが、ピアノは親子で頑張るものなのでしょうか?

ピアノは頑張るものではなく、心を豊かにする為に存在しているものではないでしょうか?

時には、頑張ることも必要な時もあると思いますが、何でもかんでも頑張ればいいということはないのではないでしょうか?

頑張った先にあるのは、何でしょうか?

音楽は、ピアノは、頑張ったものではなく、心を豊かにするものです。

もし、頑張らないとピアノが弾けないとか、頑張らないとピアノの練習が出来ないとかおっしゃる方は、ピアノをおやめになられてほうが良いと思います。

ピアノは、頑張ってやるものでもないと思いますし、無理をして習うものでもないと思います。

ピアノは、心を豊かにしたい方が習うものと考えております。

新型コロナウイルスは、本当の豊かさとは何なのか?本当の幸せとは何なのか?本当の豊かさと幸せを求めるようになるのではないでしょうか?