愛と祈り。結城美帆子

私は、40年ピアノを教えてきました。

これからも教え続けていくと思います。

ピアノを教えるってどういうことなのか?

今、改めて考えております。

教え始めて10年は、楽器店の講師をしていたこともあり、子供たちに楽器店の店長から言われた教則本を使い、楽器店の店長から言われた通りに生徒さんがピアノのレッスンを辞めないようなレッスンを心掛けておりました。

次の20年くらいは音高音大受験生をメインに志望校に合格させることだけを考えて教えてきました。

次の10年くらいは、趣味の方をメインにピティナピアノコンペティションや全日本ピアノ教育連盟が主催するピアノオーディションに参加する生徒さんのそれぞれの目標が達成できるように必死に教えてきました。

受験生の指導が、一番楽でした。

なぜなら、生徒本人が、明確な目標を持ってレッスンを受けに来ていたからです。

3番目が一番大変でした。

趣味の方は、ピアノのレッスンがどういうものかわからない方がほとんどなので、生徒さんがどのようなことを望んでいるのか?どの程度の知識の持ち主なのか?どのようなお考えの人なのか?などなど、レッスン以外のことを考えながらレッスンを進めていかなければならないので、私の教室は障害者もレッスンをしておりますので、一人一人生徒さんの状態を見極めて、生徒さんの望んでいることを叶えることができるようにレッスンをしなければ、生徒さんはピアノのレッスンを辞めてしまいますから、すごく大変なのです。

指導者の気持ちとしては、明確なレッスンを受ける目的と目標を持ってレッスンを受けていただけると非常に有難いのですが、習い始めはわからないのではないかと思うので、しょうがないかなとも思います。

お子様の場合は、ピティナピアノコンペティションやステップ・ピアノオーディションなどに具体的な目標を持って参加して頂けると、確実に上達できるのですが、能力的に無理なお子様の場合は挫折をしてピアノを途中でやめてしまう場合もあるので、難しいです。

それで、年齢に関係なく参加できるピティナピアノステップの参加をお勧めするようにしておりました。

「コンペティションは他者と争うものではないです」と何度も申し上げておりますが、いざその場になると他者が気になってしまうのが人間の心理でしょう。

「ピアノを上手く弾く」とは、どういうことなのか?がわかっていない子供もおります。

他者の評価でしか自分を知ることができない子供が増えているように思うのです。

当然、良く評価されたいと思うでしょうね。

他者から良く評価をされたいから頑張って練習をしているのではないかと思う子供もおります。

悲しいです。

主体的にピアノを楽しんでいないのです。

悲しいです。

主体的にピアノを楽しんでもらいたい、主体的に音楽を楽しんでもらいたいと心から願い祈ります。

音楽は、愛と祈りなのです。

慈しみの心が、音楽を生み出すのです。

音楽は、癒しでもあります。

音楽教室は、心のオアシスでなければいけないのです。

教室を開いた原点に回帰したいと思います。

私は、残りの人生、本当の音楽を伝えていきたいと思います。