悩んでいる事が有り、考えていたら朝になってしまいました。結城美帆子

考え事が有ると、夜眠れなくなるのです。死ぬまで悩み事が無くなる事は無いと思いますけどね。今日は、終戦記念日で、お盆だからだと思いますが、人間の死に方、医療、介護、障害者、福祉、バラマキ、何て事が次から次へと頭に浮かんできて、とうとう眠れませんでした。私の母は、総領娘だったので、婿を迎え家を継承しましたので、私の祖父母を看取りました。祖父も祖母も脳卒中でした。まだ、介護保険制度は有りませんでしたが、祖父も祖母も家で介護をし家で看取りました。私の母も脳梗塞でしたから脳卒中で祖父母と同じです。母が家で一人で(祖母の時は私も一緒に介護をしましたが)介護をし看取りましたので、私も母を家で介護をし看取りました。祖父母の時とは、医療保険の仕組みが大きく変わったようで、母の時は逝かせ方が上手くいかなかったと反省をしております。国の方針だから仕方がないと思うけど、医療費の無駄使いをしてきた国民が悪いから、これも仕方がないことなのでしょうね。若かりし時、知り合いがクリニックを開業したのですが、看護師が定着しなくて、私がレセプト(診療報酬)請求のお手伝いをしたことがあるのですが、あの頃は、マル福(65歳以上)やマル老(70歳以上)、マル公(公害認定患者)、障害者、生保(生活保護者)、社会保険本人、組合保険本人、医師国保などは、本人の負担金がゼロだったのです。私たちが汗水流して働いて納めた税金の分配を決めるのが政治家ですし、政治家を選んだのは国民だから、国民がしてきたことなのです。戦争も、国民が起こした事なのですよね。社会の風潮って怖いですね。今の医療に対して思う事は、急性期病院、回復期病院、療養病院または開業医と3つに分かれてしまっているから、継続的に診てくれる医師がいないので、何かあっても、医師の責任がそれぞれに分散しているから、医師に責任が問えないシステムになっているのです。母を介護するようになり脳梗塞を起こして病院と関わるようになってから知った事です。国は「かかりつけ医を持ちましょう」と言ってますが、一度脳梗塞を発症してしまうと、継続的に診てもらえる医師はいなくなるのです。病院が代わった時点で、医師の責任の所在も代わってしまうのです。患者と家族は、置き去りにされたような状態になるのです。相談しようにも、ソーシャルワーカーもそれぞれの病院ごとに替わるので、すべてをわかってくれる人がいないのです。ケアマネージャーにしても、施設によっては、施設のケアマネージャーに変更する事を言ってきますので、ケアマネージャーも変更になるので、記録にない事をわかってもらえる人がいないのです。なので、私は、ケアマネージャーもソーシャルワーカーも私がさがして選ばさせていただき、最期までその方にやって頂けました。ケアマネージャーの鈴木さんとソーシャルワーカーの岩田さんには大変にお世話になりました。このお二人は、仕事をたんたんとこなせる方々です。このような時は、感情的な事を言ってくる人よりも、仕事ができる人の方が良いのです。仕事ですからね。仕事とは、生活の糧を報酬でいただくという事ではないかと思いますが、家族はいくら一生懸命に介護しても無報酬なのです。家族は、無償の愛のみで介護をするのです。私の考えとして、自分で口から食べられなくなったら、リビドーが備給を停止したと言うことなので、輸液は不要と思っていたのですが、病院の担当医から「輸液をしないのであれば、ここにいても仕方がないので、連れてこられても困るのですが」と言われて、今必要な治療なのであろうと言う私は認識したので、点滴による輸液と経鼻菅による栄養補給にOKのサインをしたつもりだったのですが、、、、、祖父母は、経鼻菅栄養も点滴もする事なく逝かせる事が出来たのですが、母はうまく逝かせる事が出来ませんでした。私は、人間は就活とか、いざと言う時どうするかなんて考えておかなくても、たとえ脳がダメになっても、最期は自分の意志と言えるかどうかはまだわかりませんが、リビドーの備給が停止して逝く事ができるものではないかと思います。母も最終的には、経鼻菅からの栄養が入らなくなり、点滴の針も入らなくなって亡くなりましたから、無意識だったかも知れませんが、自分の意志で逝ったのではないかと思います。人間の強い意志には、医療は無力です。母が、最期に身をもって私に教えてくれたことです。「先のことを考えてあれこれ悩んでいる暇があるのなら、今をしっかり生きよ」と。