今朝は、以前お仕事をさせて頂いておりました障害者の施設の夢から目覚めました。
色々な意味で精神的にしんどくなり2年6ヶ月しか続けることができませんでしたが、30年が過ぎた今でも夢に見るということは、私の心のなかで、何か解決できていない心の葛藤があるということではないかと精神分析します。
今は法律が変わりましたので、施設の呼び方が変わりましたが、私がお仕事をさせて頂いていた時は、第1級身体障害者施設と言われており、一人では何もできない全介助の18歳〜60歳の人が多く入所している施設でした。
産まれながらの障害者の精神薄弱や身体障害の方は、特別支援学校の高等科を卒業と同時に入所してきます。
車椅子生活で言葉を全く発しない人も多くおりました。
ほぼ寝たきり状態の人もおりました。
屋根から落ちて頸椎を損傷し寝たきり状態になられた方、授業中に落馬して頸椎を損傷した元高校教師、暴走族で事故って頸椎を損傷した元暴走族のお兄ちゃん、筋ジストロフィーという遺伝性の難病の方、リュウマチが進行して介助が必要になった方、色々な方々がいて、色々な人生の色々な方々が入所してました。
彼らと接しているうちに、「人間が生きるってなんだろう?幸せってなんだろう?、、、、、」って色々なことを考えるようになりました。
今でも夢に出てくるということは、まだ答えを見出すことができていないのでしょうね。
知らなければ悩み苦しむことはなかったのではないかとも思いますが、世の中には色々な人が生活をして生きているということを知ったので良かったと思っております。
何も知らずに、何も知ろうともせずに、知ったか振りをして井の中の蛙で人生を終えるよりは、幸せではないかと思います。
第1級身体障害者施設〜60歳を過ぎると特別養護老人ホームへ移っていきます。
特別養護老人ホームでも少しの間お仕事をさせて頂きましたが、特別養護老人ホームはお亡くなりになられる方が多くて精神的に辛くなり長く続けることができませんでした。
頻繁に人の死を見ていると感情が鈍磨してくるのでしょうか?悲しみの感情が湧いてこなくなるのです。
これはまずいと思いました。
人間の感情の一つが失われていくのは、精神衛生上よくないです。
犬を飼っている時、つくば市にある動物病院の獣医師が、私の愛犬が亡くなった時に「獣医を長くやっていると動物が死んでも涙が出てこないんですよ」と言われたことがあるのですが、死を慣れてしまうのかもしれませんね。
自閉スペクトラム症や精神薄弱者の中には、死を理解できない人もいるので、大切な人が死んでも涙が出ない人もおりますが、人間は感情の動物とも言われますので、どっちの人間が幸せなのかわかりませんが、私は最期まで人間の心を失わずに人間のまま死を迎えたいと望んでおります。
音楽は、人間の心を失わずにいさせてくれます。
喜怒哀楽があるのが人間です。
音楽は、人間の感情・人間の心から生み出されてきていると思います。
もし、喜怒哀楽を感じられなくなったら、どうでしょうか?
幸せでしょうか?
もし、障害者施設や特別養護老人ホームでハンデキャップがある人と接することがなかったら、幸せとは何かをこんなに考えることはなかったと思いますので、私に学びを与えてくださった施設の方々に感謝です。
まだ、最終的な結論は出ておりませんが、いかなる状況下においても心だけは豊かに生きていきたいと思っております。
今、新型コロナウイルスという未曾有の災害に見舞われておりますが、心を閉ざすことなく心豊かに音楽と共に日々を生きていけたら幸せと思います。