ピアノ教室で心を育むってどういうこと?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。
3歳までにこれから一生の間付き合っていく「心」(脳の神経細胞の連絡を密にする事)を発達させ、そして6歳までに社会的なルール(例えば雨の降る日に狭い道で行き違う時には傘を傾げてお互いに譲り合う「傘かしげ」など)を身につける必要があります。
心と社会性が育つ幼児期と児童期は、「人間が人間である為に必要な種々の大切な習慣と感情を身につける時期」と言えるのです。
心とは感情と理性の統合した複雑な存在ですが、その心を育てるのに音楽の果たす役割は大きいと思っています。
人類の最初の音楽とは何だったか?考えて見たこと有りますか?
もちろん、その始めは声を出すことでした。
遠くの人に呼びかける声、一緒に収穫を喜び合う声、悲しいことがあった時に出る声、など声から始まったのです。
人間の持つ三大本能をご存知ですか?その一つは自分の身体を保持して行く為の本能即ち食欲で、その次に種族を維持繁栄させる為の生殖本能、大勢の仲間たちと一緒に居ると安心できるという社会的本能。
以上の三大本能の最後の社会的本能とは「社会の一員としてのアイデンティティー」即ち自己同一性を持つことですが、農耕生活にしても狩猟生活にしても集団での労働が必要ですが、こうした集団生活をする時に音楽が発生したのです。
即ち収穫の喜びは祭りとなり、そこで歌が歌われました。
踊りもそこから生まれました。
手元にあるものを打ち合わせて打楽器ができました。
不幸なことが起これば悲しみと祈りの歌が、祝い事があれば祝いの歌が、戦いがあれば出陣式の歌が、愛があれば愛の歌が、数限りない歌が歌われ、場合によっては踊りがそれに伴ったでしょう。
歌で人間の気持ち心を表現したのです。
それが音楽の始まりなのです。
大漁節とか、盆踊り歌とか、磯節とか、ありますね。
感性とは外からの刺激に対して心が動かされた時に発生するさらに上のレベルの感情で、人間が人間である為に必要な心の動きを言います。
獣や他の動物には感性がないので、感性が豊かであるということは「人間らしい心を持っている」と言う事と同然です。
「美醜や善悪に対する判断即ちモラルの基準になる心」、美しい自然現象や芸術に出合った時に「ああ、素晴らしいなー」「きれいだなー」と感じることが出来るのは人間だけが持っている感情なのです。
即ち感性とは、「道徳=即ちモラル」や「美=即ち芸術」のベースとなる人間として最も大切な心の動きなのです。
この感性が発達するのが幼児期後期の時代です。
この時期に感性豊かな生活を送った子どもは「感性豊かな人間らしい人」になれるのです。
音楽は人間の魂を揺さぶって、感性の発達を促します。
音楽は、言語以前に直接的に人間の心に働きかけて感性を育ててくれる素敵な物なのです。
美しい音楽を聴いて「きれいだなー」「素敵だなー」と感じる心は、美しい花を見て「美しいなあ!きれいだなー!」と思う優しい心や、素晴らしい自然に出合って「素敵だー!神秘的だなー!」と感動する心や、身体障害を持った友達を見て「気の毒だなあ」と思う思いやりの心へと転化し、昇華出来るのです。
ピアノを弾くと言うことは、ピアノを媒体として音楽そのものの美しさや楽しさに出会っていくことであり、ピアノを習うと言うことは、ピアノを弾くことによって人としての感性を養い、その後の人生を心豊かに生きていく力をつけると言うことです。
みんなが感性豊かな人間に育てば、京アニのような悲しい事件を起こすような人間は生まれないです。
被害者は気の毒だけど、加害者も心の教育を受けられなかったことを気の毒に思います。
音楽は、人間の心を持った感性豊かな人間の育てる為に必要なものなのです。
感性が豊かな人間がたくさんいる社会は、障害者も高齢者も子供も大人も誰もが尊厳を持って幸せに生きられる社会です。
ピアノで感性豊かな人間を育てることで、そんな幸せな社会の実現に少しでも貢献することができれば嬉しく思います。