心の教育

民主主義を維持する為には、人間教育が必要ではないかと思う。

「自分さえ良ければ」と考える人ばかりになったら、人類はコロナとともに破滅する。

東日本大震災の福島で起きた原発事故の時の、つくば市の小中学校では、学校を休んでつくばから離れた親戚の家へ避難してしまった人もたくさんおりました。

当教室の生徒さんの中にも避難してしまったら人がけっこうおりました。

「自分さえ良ければ」と考える人がいかに多かったか、とても悲しかったです。

マラソンをしている人は、ほとんどの人がマスクをしていない。

自分だけが生き残っても、幸せは得られませんよ。

想像力が欠如している人が多いのでしょうか?

よーく考えると、みんなが幸せでなければ、自分の幸せも無いということがわかってきます。

菅総理は、医師に1時間15,000円、看護師に5,500円支給すると言ってますが、医師と看護師の差って何なのでしょうか?

お金にすると、医師は看護師の3倍の価値のある仕事をしていると言うことなのでしょうか?

看護師の仕事って、医師の三分の1の価値にしか見られていないのですね。

ピアノの先生も、お金で価値を考えると、低いのではないかと思います。

お金も大事ですが、お金では買えないものもあります。

人間の心は、お金で買えません。

人間の心は、お金で変えることも、法律で縛ることもできません。

私は、私の理念や指導方針にご賛同頂けない方には、どんなにお金を積まれても、ピアノを教えることはできません。

死刑を言い渡されても、悔い改めることなく(勝手な想像ですが)、本人が望んだ通りに早期に死刑執行が行われた荒川沖駅無差別殺人事件の元死刑囚もいた。

人間としての教育が置き去りなってきたのではないでしょうか?

みんなが心をシャットアウトしているような気がします。

権利ばかりを主張する人が多くなったように思います。

人との交流を面倒に思う人が増えていたのではないでしょうか?

電話も、相手を選んで出るとか。

メールも同じ。

自分が必要と考える電話にしか出ないとか、自分が必要と考えるメールしか対応しないとか、多くなっているのではないでしょうか?

私も一時はそのように考えていた時もありましたが、たとえ営業の電話やメールだとしても、みんな生活の為に必死で仕事をしているわけですから、今はできるだけ丁寧に応答させて頂くようにしております。

電話に出て話を聞いてあげるだけで、一人でも前向きに生きられるようになってくれればいいなと思って、電話に出られる時は出ますし、出られない時は、営業の電話の時もありますが、生徒さんや必要な方からのお電話の場合もあるので、必ず折り返しの電話をするようにしております。

電話をかけてくる方は、その人にとってはたとえ営業の電話であっても、必要だからかけてくるわけですから、出られなければ折り返しの電話ができるようにセッティングをして、折り返しの電話をすることが、相手への思いやりではないかと思います。

でも、思いやりのない人は、余裕がないのかもしれませんね。

私は、母を介護している時は余裕なんておりませんでしたし、一日一日を生きるのが精一杯でしたので、電話も出ませんでしたし、面倒くさくて折り返しの電話も致しませんでしたし、必要があればまた掛かってくるだろうと思ってました。

メールも面倒なものは、返信もしませんでしたが、今は電話をするか、メールで返信するかどちらかは必ずしております。

コロナで人との距離が離れておりますが、心のつながりは保てます。

何かあれば、お気軽に電話やメール、ショートメールをください。