幸せホルモン『オキシトシン』。結城美帆子

脳科学の観点で見ると、幸せを感じるという営みは、脳と体が絶えず行う相互作用に過ぎません。

その時、脳で分泌される神経伝達物質である『オキシトシン』の作用が、幸せの感情をもたらすことが明らかになっています。

そもそも幸せとはなんなのでしょうか?

人が「幸せだな」と感じている時に、脳内で分泌される物質の候補として最有力なのが『オキシトシン』という神経伝達物質です。

人間と人間の相互作用を考えるうえで欠かせない物質で、オキシトシンが分泌されている時、私たちは「幸福感」を感じることが明らかになっており、俗に「幸せホルモン」とも呼ばれています。

オキシトシンは、脳の視床下部でつくられ、分泌されます。

オキシトシンがよく分泌される人は、オキシトシンを受け取りやすい人のようです。

オキシトシンの分泌の度合いには個人差があり、受け取り手である受容体の密度は、幼少期の生育環境によって変わるそうです。

幼少期に虐待を受けて育つのはよくないようです。

オキシトシンの受容体の密度が低くなると、一般的には「他人を信用できない」「愛情をあまり知らない」状態になりがちです。

たとえば、私たちが赤いリンゴを見た時に、赤いリンゴを認識する受容体がなければ、赤という色がどんな色なのかわかりません。

「みんなはこれを赤と呼んでいるらしい」としかわからないわけです。

長年自閉症の子供にピアノを教えてきて、自閉症の人は何かが欠落しているように感じているのですが、この受容体がないように思うのです。

一般的な人は、頑張ってピアノを練習してコンペティションで目標を達成できた時や、発表会で弾き終えた時などに、態度や表情から幸せホルモン『オキシトシン』が分泌されているのがわかりますが、自閉症の人は表面上は嬉しそうな表情に見えますが正直オキシトシンが分泌されているようには思えないのです。

オキシトシンの受容体が低ければ、「愛情ってなんだろう?」「その人にとって損か得かという話かな?」そんなふうに思ってしまうようですし、他者に対してもそのように振る舞うようです。

愛情という曖昧なものよりも、むしろ「損得」の方がずっとわかりやすいので、損得の原理に従って合理的に動こうとしてしまうようです。

曖昧なものがわからないという点では、自閉症の人と似ているように思ういます。

人間は愛情を食べて育つのです。

現在では、倫理的に許されない実験ですが、孤児院の新生児を対象に、食事や排泄などの日常の世話はするものの、誰も話しかけず抱っこもせず、栄養はミルクで与えることを続けて結果を観察するというものでした。

つまり、スキンシップをはじめとした「愛情」を与えないで育てると、人はどうなるかという実験です。

結果は、55人いた子供のうち、27人が2歳までに亡くなり、残った中の17人があまり成長できず、成人式を迎える前に死んでしまいました。

さらに、成人後も生き続けけた11人も、知的水準が低かったり、知的障害が見られたり、体が病弱だったりしたそうです。

その後も、原因を究明する様々な実験が行われるなかで、次第にオキシトシンの受容体が、体組織を育てるのに重要であることが明らかになってきました。

精神分析を学ぶ上でも、とりあげられる実験です。

赤ちゃんは、愛情を与えないと育たないのです。

人間は、愛がないと生きられない生き物なのです。

相手が自分のことを愛していようがいまいが関係なく、「この人から自分は愛されている」「自分はこの人から信頼されている」と思える気持ちこそが大切なのです。