導入期の指導法について。結城美帆子

ピアノのレッスンを開始する黄金期3歳の子供に指導をするとき、何を大事に指導するかは、何を目的にするかにより変わるのではないかと思うようになりました。以前は、趣味も専門コースに進まれる方も、入り口は皆同じと思って教えてきたのですが、皆同じに教えるとついてこられない人がけっこう出てくるので、そう言う子供の場合は、あまりこだわらずに指導法を変更して教えてきました。幼児は、理解力に差があります。ピアノは、楽譜を見て、脳で何の音を何番の指で弾くか、どれだけのばす音符なのかを瞬時に判断し、動かさなければなりません。大変な作業です。特に、自閉症の子供にとって、たくさんのことを同時にしなければならないピアノを弾くことは、大変なことではないかと思いますが、脳の発達を促し鍛えるためには、ピアノは最高ではないかと思います。ピティナピアノコンペティションに参加されたい方は、フォーム作りをしっかりやると良いのですが、フォーム作りばかりやっていると、「ピアノはつまらない」と思われてしまい、やめてしまうことになってしまうので、親によほど強い意志がない限り難しいかなと思います。子供のピアノって、結局、親次第なのです。だって、子供はコンペティションの意味もわからないし、コンペティションで全国大会で金賞を受賞したからと言ったって、「それが何」って言う感じのようですから、親がどうさせたいかによるのです。時々、勘違いをされている親がいるのですが、親は家でピアノを教える必要はないのです。ピアノを教えるのは指導者です。親がすべきことは、子供が頑張れるように、見守り励まし続けることです。親が家で教えるようなことをしてしまうと、子供は「ピアノの先生は、マルをつけてくれる人」って言う認識になってしまいます。お子様が家で練習をしていて、わからないところが出てきた時「ここ、どうやって弾くの」とか「これ、何の音」とか聞くと思いますが、「レッスンの時に先生に聞こうね」と言って頂けるのが一番良いのです。なぜかと申しますと、教え方や、説明の仕方が大切だからなのです。わからない事がたくさんあって良いのです。できない事がたくさんあって良いのです。やり方を覚える事が大切なのです。わからない事が有ると言う事を知る事が、次へのステップとなるのです。できない事が有ると言う事を知る事が、追求心や研究心へつながっていくのです。哲学で言う「真・善・美」美しく咲いている花を見て(美)、みんなにもこの綺麗に咲いている花を見せてあげられるように切らないでおこう(善の心が芽生え)、この花はどうしてこんなに綺麗に咲いたのだろう(真)と物事の本質を追求しようとする物理や化学に興味を持つようになるのだそうです。物理学者って、ピアノがすごく上手な人がけっこう多いのは、このためだったかもしれませんね。物理学者や化学者の中には、子供の頃からずっとピアノを続けている人もけっこう多いです。私は、教え込む指導よりも、自分で考えさせるような指導の方が良いと思って指導をしております。ただ、コンペティションに参加される生徒さんには、そんなこと言っていられないと言うことがあるので、悩むところなのですが、それでも、本人に「〇〇ちゃんは、どう思う。どう弾けば100点頂けると思う。」と聞きながら教えております。主体性がないとダメなんですよね。