国民皆保険制度を守るために私たちがすべきこと。結城美帆子

昨日、厚生労働省が、再編統合すべき病院名を公表しました。

その中に、霞ヶ浦医療センターが入っておりました。

また、診療実績データ分析結果も公表されております。

病院を選ぶ時は、ホームページや口コミだけで選ぶのではなく、厚生労働省が公表している診療実績データ分析結果を参考に選ばれた方が賢明ではないかと思います。

ちなみに母が脳梗塞でお世話になった病院は、B判定でした。

茨城県は、医療雑誌に脳卒中の治療実績はワースト2とありました。

どちらにしても、脳卒中は後遺症が残りますから、予防が大切です。

脳梗塞も、くも膜下出血も、多くが介護が必要になり、介護費用は死ぬまで続きますし、要介護度は上がっていきますから、負担金も増えます。

医療は、絶対ではないですが、要介護者を生み出さない治療のガイドラインはできないのでしょうか?

治療って、なんなのでしょうか?

母が脳梗塞を再発するたびに、医師と私の治療に対する考え方の相違を感じておりました。

なるべく患者の苦しみを緩和させ静かに逝かせることも急性期医療にあっても良いのではないでしょうか?

心臓の鼓動を止めないことだけが急性期医療なのでしょうか?

人間は、いつか必ず死にます。

急性期医療には、尊厳死はないのでしょうか?

現場で働いているドクターたちも、色々な葛藤の中で仕事をこなしていると思うので、医師にぶつけることもできませんでした。

死亡診断書を医師に書いていただかないと、死亡届が受理されませんので、最期は医師にかかることになるのですが、脳卒中で倒れて、救急車を呼ばずにそのまま死なせたら、警察のお世話になることになります。

介護を受けずに死ぬためには、どうしたらよいのでしょうか?

根本的に変えないと、国民皆保険制度も介護保険制度も守れないと思います。

権利もあるけど、義務もあります。

病気になるリスクが高い年齢になったら、全身のCTと脳のMRIを人間ドックで受けることを義務にして、義務を果たさないで病気になった場合は、健康保険が使えないとかにしたら、脳動脈が破裂して介護を受ける人が少なくなるのではないでしょうか?

病気は、早期に発見して早期に治療すれば、治療費も安くすみ、通常の生活に戻れる可能性が高くなります。

生活の質を下げてしまったら、良い医療とは言えないように思います。

自分は、どう生きたいか、を普段から考えておけば、いざという時に、自分の責任において重要な決断もできると思います。

今の医療保険制度では、いざ死ぬ時は、ほったらかしなのです。

一人暮らしの人が、在宅医療を受けていて、いよいよ最期の時が来た時、医師や看護師が24時間付きっきりでいてくれるわけではなく、観に行ったら死んでいたということになるのです。

家族にとっては、最期は病院の方が精神的には、らくではないかと思います。

私が祖父母を自宅て看取ることができたのは、親族の中に看護師が数名いて、交代で24時間無報酬の看護ができたからです。

在宅医も看護師も報酬をもらっての仕事ですから、24時間いてくれることはないです。

病院にいれば、とりあえず歩いて行ける距離に24時間看護師さんはおります。

医療は進んでいるというけれど、死ぬ時は、昔も今も原始的なままですね。

国民皆保険制度を守るためには、国民皆保険制度に頼りすぎないことが大切なのではないでしょうか?

自分の命は、自分で守るという意識改革が必要なのではないでしょうか?

億を稼ぎ、数台の外車を乗り回していてカリスマと言われていた塾の講師が、心筋梗塞と脳梗塞を繰り返し、生活保護を受け、68歳で孤独死をしていたようですね。

外車を乗り回すお金があったら、年に100万円の人間ドックを受けていれば、心筋梗塞も脳梗塞も防げていたかもしれませんね。

稼いだお金は、健康を維持するためにも使いましょう。

人間が年老いた時に、何に幸せを感じるかという問いに、多くの人が「健康」と答えるそうです。

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