健常者と障害者。結城美帆子

健常者って?

障害者って?

私の教室には、健常者・障害者・幼児・後期高齢者の方など、色々な方がレッスンにきてます。

色々な方々と日々接していると、健常ってなんなのか?、障害者ってなんなのかって考えることが多々あります。

昨日レッスンにお越し頂いた後期高齢者の生徒さんは、どうもお耳が遠くなっているのではないかと思いました。

でも、ご自身は気にされていないように感じます。

知的障害のお子さんも、音符が読めないのですが、読めないとか、できないとかというマイナスの感覚は感じていないように思います。

認知症の人も、認知症の第一人者の長谷川和夫博士がテレビ番組で言っていたように、認知症の人も自分ではわからないということがわからないそうです。

障害者や認知症の人ご本人は、別に困っているわけではないように思うのです。

困っているのは、周りの人間のように思うのです。

周りの人間=家族=社会

なのではないかと思うのです。

途中で障害者になられた方は、喪失による心の痛みがあるかもしれませんが、生まれながら障害を抱えた人はどうなのでしょう?

周りが勝手な想像で、「障害あってかわいそう」とか「認知症になってかわいそう」と思っているだけで、本人たちは普通なのではないかとも思ったりします。

私には私の世界があるように、皆んなそれぞれの世界があるのではないでしょうか?

私は、障害がある生徒さんに対しても、高齢者の生徒さんに対しても、レッスンで否定するようなことは言わないようにしております。

音符を間違って読んでも、私から「間違っている」とは言いません。

自閉スペクトラム症の人は、相手の反応を見て○か×を判断する傾向があるので、自分で主体的に判断できるようにする為に、自閉スペクトラム症の生徒さんのレッスンでは、良くできましたとか間違ってましたという言葉は極力使わないようにしております。

自分で間違いに気づけるように導くのがレッスンなのではないかと思うのです。

たとえ間違って弾いたとしても、本人が間違いに気づかず気持ち良く弾いている場合は、趣味で一人で楽しんでいるぶんには、それはそれで良いのかな?と思うようになりました。

以前は、ダメはダメなので、どの生徒さんに対しても一生懸命に直しておりましたが、一度ある大人の生徒さんから「レッスンを受けに来ている生徒としては、気持ち良く弾いている時に色々言われたくない」と言われたことがあり、その時は意味がわからなかったのですが、この頃わかるようになりました。

障害があったり高齢者になると、できないことや間違いに気がつけなくなることもあるようなのです。

白黒だけではないようです。