個人的な経験。結城美帆子

私は、介護の勉強をする為に、3年間障害者施設と特別老人ホームで介護の仕事を経験しました。

看取りも経験しました。

何人もの看取りを経験していくと、人が死んでもなんとも思わなくなりました。

感情が麻痺していくように思いました。

以前、私の愛犬がお世話になっていた獣医師が、私の愛犬が死んだ時に「慣れなのかもわからないけど、犬や猫が死んでも涙が出ないのです」と、おっしゃったのです。

人間の医師や看護師も同じかもしれないと思いました。

私が介護の仕事を辞めたのは、当時お世話になっていた声楽の先生から、「あなた、心が変になっているわよ」と言われ、感情が鈍磨していることに気づけたのです。

音楽は、心が死んでいる状態では、良い演奏は出来ませんから、先生に指摘されて我に帰ることが出来たのです。

在宅医は、患者を治療することをせず、死ぬのを待って看取り死亡診断書を書くのが仕事ですけど、心が壊れることはないのでしょうか?

だとしたら、お医者様や看護師さんは、凄いと思います。

私は、3年が限度でした。

在宅医療を受けるということは、「もうなんの治療もできません、あとは死ぬのを待つだけです」と言われたようなものです。

在宅医療は、保険点数が高いですが、やりたい医師が少ないから保険点数を手厚くしているように思えてしまいます。

だって、病気を治す為にお医者様になった方が多いのではないかと思いますから、看取りをする為にお医者様になった方がいるのでしょうか?

今の医療制度が急性期・回復期・在宅療養になっているので仕方がないですが、看取りを専門にしている在宅医のお世話になって死にたくはないです。

国は、お金をかけない為に在宅で死ぬことをすすめてますが、家で死ぬことが本当に良い死に方なのでしょうか?

名のある人は、中曽根元総理もそうですが、病院で亡くなられています。

素人が、人間が息を引きとるのを見ているのは辛いと思います。

私は母を一人で介護している時、友人の医師から「お母さんが息を引きとるのを一人で見ているのは辛いと思うから、いざという時は救急車を呼んだほうがいいと思うよ」と言われていたので、母は最期は病院で亡くなりました。

身体障害者の施設や老人ホームでの看取りも何度も経験しましたが、付きっきりで見ているわけではないので、息が止まる様子を見ているわけではないですが、家族が家で看取る場合は、息が止まるまで見ていますから、後々まで息が止まる光景が残ります。

私は祖父母を自宅で看取りましたが、あの光景は今でも消えることはないです。

あまりいい気持ちではないです。

逝かせ方も医療ではないかと思うのですが、

患者本人と残される家族に、よい逝かせ方ができるお医者様はいらっしゃらないのでしょうか?

私は、誰にも看取られないで静かに死んでいきたい。

おそらくどんな死に方でも死の苦しみはあると思います。

苦しんでいるところを誰にも見られたくないと思うのです。

生きている時の私を覚えておいて欲しいと願うからです。

今まで何度か入院をしたことがありますが、一度もお見舞いを受けたことがありません。

寝間着姿やノーメイクの顔は、絶対に誰にも見られたくないですからね。

元気じゃない時は、誰にも会いません。

私の人生哲学です。