個人的な事。結城美帆子

去年の今頃は、母の体調が良くなくて大変な毎日でした。

寝る時間がなかった為でもあると思いますが、血圧も150/100位になっていて、もしかすると私のほうがやばいかなと思いながらいた時期でした。

大変ではありましたが、辛いとは思いませんでした。

脳梗塞を発症した人の介護は、色々な意味で大変です。

私の母は、7ヶ月で5回再発した為、1年間で介護1から全介助の介護5までになりました。

脳梗塞が恐ろしいのは、一度発症すると、元に戻る事はないと言う事です。

そして、再発を防ぐ事も出来ないと言う事です。

急性期病院で入院治療中に再発しても、医師や看護師でさえ気が付かないのです。

母は好んでデイサービスに行っている時に再発したのですが、看護師がいるのですが、気が付かないのです。

デイサービスから帰ってきた時に私が異変に気付いて病院へ連れて行きました。

人間いつかは必ず死にますが、死ぬのが当たり前になってしまうのはいかがなものでしょうか?

母を介護して思った事は、介護施設は、死ぬのを待っているところのように思いました。

デイサービスも含め介護施設を利用すると言う事は、介護保険を行使すると言う事は、死ぬのを待っているだけで、生きる為のところではないように思いました。

在宅専門のホームオンクリニックの事務長さんには、「治療を望まれるのであれば、うちではお引き受けできません」と言われました。

治療も延命もしないと言う事なのでしょう。

治療って何なのでしょうか?

医療とは何なのでしょうか?

医療費を削減する為に、急性期病院とか、回復期病院とか、在宅医療とかに分けたのでしょうが、自宅で介護するよりも、介護施設に入所したほうが安いのです。

在宅医療は、ビックリするほど高かったです。

もっと予防医療に力を入れれば医療費を削減できると思いますし、みんなが幸せに暮らせると思います。

ですから、脳梗塞にならないように普段から生活をする事が大切なのです。

そんな母を私が一人で介護をできたのは、ひとえにピアノで培った生きる力のおかげではないかと思います。

ピアノのレッスンや声楽のレッスンを受けていた学生の頃の事を思えば、何て事ありませんでした。

生きる力は、母が私に与えてくれた賜物です。

そんな母が私に好きだった食べ物を、母が死んでから、私は食べる事が出来ずにおります。

イチゴ、スイカ、梨、お赤飯のおにぎり、プリン、海老のチリソース、鯖の味噌煮、天ぷら、おせんべい、お餅、甘納豆、など母は好んで召し上がっておりました。私が介護を始めてからは、なるべく季節の食材を使って季節のものを食べて頂こうと思っておりましたので、食卓には、季節感が感じられるように必ず果物を出しておりましたので、私は現在果物は母が召し上らなかったキューイしか食べておりません。

お家でリハビリも良くやっておりました。母が私にピアノを与えてくれたように、母が家でリハビリが出来るように、歩行訓練で使う平行棒や、作業療法で使うスコーンやペグも買い揃えました。

脳梗塞にならないような生活を心がけましょう。

脳梗塞は、コミュニケーションが難しくなりますから、他人から医療や介護を受けるのも難しくなります。

これからは、介護の現場にますます外国人が入ってくるでしょうから、脳梗塞の人の介護はますます難しくなると思います。

脳梗塞にならないようにしましょう。

認知症にならないようにしましょう。

介護を受けることなくピンピンコロリと死ねるといいですね。